2016年4月30日土曜日

隠れ

「智子って田渕の大ファンらしくて、毎月ライヴにいっているみたいよ、気持ち悪いよね、あはは」

保奈美は会社の同僚で何故か私を好意にしてくれる。智子も同僚。ただ保奈美は智子のいないところでよく彼女の悪口を私に言うのが癖だった。

そんな時、私は保奈美に合わせる。

「智子ってバンダナとかしていくのかなあ?」

「うわ、最悪~、してそうだよね。なんか想像しちゃった。」

昼休み、いつもは3人でランチを食べに行くのがパターンだが智子は会社を休んでライヴに行っていた。

だいたいOLが会社を休むと、ろくなことを言われないのである。

保奈美はスマホから目を離さずにランチも悪口もこなす。

よほど男友達が多いのだろう。

それもそのはず彼女は美人だった。美人すぎて社長が忙しい時には取引先の相手を頼まれるほどだ。そして彼女は男に対して口が悪かった。

「あらハゲ社長、先日の麻雀の負け、はやく払いなさいよ」

「勘弁してくれよ保奈美くん、秘書もいるんだ、そういうことは耳元でささやいてくれないと」

保奈美と秘書の間に一瞬の張り詰めた空気が漂うと、彼女はプイと振り返り私に小さいピースをしてきた。

私は彼女の性格や生き方に憧れていた。同期で入社して5年も一緒にいると仲間というかまるで家族のような感覚になる。できのいいお姉ちゃんのように感じるのだ。

私は久しぶりに休日ひとりで買い物に出かけた。

いつもは3人か2人で買い物に行くのだけど、今日はたまたま保奈美も智子も用事があるのだという。

なんだか彼氏がいる人は羨ましいのだけど、同時に面倒くさそうな感じもする。私はまだいいやと自分に言い聞かせた。

ひとりで街を歩くのは嫌いじゃない。けどたまに変な男の人に声をかけられたりするのが嫌すぎる。だいたい気持ちの悪い人が気持ちの悪い話し方で近寄ってくる。自分では格好いいと思っているのだろう。なんて幸せな人なんだろうか。

久しぶりに沢山服を買ってしまった。思ったより楽しんだ、帰り道、人の行列に出くわした。

あー誰かのライヴだろうか。バンダナをしている人が多い。多分これは田渕のライヴで間違いない。

少し気になって智子の姿を探しに行列に近づいた。

するとバッタリ目を合わせてしまった人が目の前で固まっていた。

保奈美だった。

保奈美の頭にはキッチリとバンダナが巻かれていて気合い充分の格好である。

私はとっさに「バンダナ姿も可愛いね」と言った。

終り。

2016年4月23日土曜日

評価

見てきたことや聞いたこと♪

いままで覚えた全部♪

デタラメだったら面白い♪

そんな気持ちわかるでしょ♪

はい、ブルーハーツの情熱の薔薇です。

この歌詞すごく好きなんです。わかるんです。まあ、実際どこまで本当か疑わしいですからね。人間が人間を理解していない、もしくはわからないことだらけなんですから、いくら科学やなんだと言ったところで、歴史すら新たな遺跡や古文書なんかでなんとでもひっくりかえったりする。

いままで教わったものが全部嘘だったなんて世界はぜんぜん普通にあることだと本気で思いますよ。

勿論、教わること自体を否定はしないです。ただどっかで疑う、もしくは自分の五感で捉えようとする心構えはいつでも必要になってくると思います、特にこれからの時代は。

ピカソの絵が素晴らしい。って言わなきゃダメなんですかね?

芸術作品の評価を教科書や先生から教わることって本当におかしいと思うんです。ピカソの絵が素晴らしいって本気でその絵を見てその人が言っているならわかるのですが、ピカソの絵は素晴らしいと習ったから素晴らしいと言っておかないと自分が馬鹿にされるからなんて理由で評価されたところで本人も絶対嫌だと思うんですけどね。

客観的なんてものはないとニーチェも言っているのですが、僕も本当にそう思いますね。だって人間が世の中と接触をもつには必ず自分の五感を通してしかありえないでしょ。であれば、物事には必ず主観が入る。そしてその主観的な考えやものの見方は肯定されるべきだと思います。

何故ならそれが人間だからです。

そしてその主観でもってピカソの絵をみてなんだかわからないけど心が揺さぶられたのであれば、はじめて素晴らしい絵だと評価されるべきだと。

ただ僕が思うに、五感って衰えませんか?ようするに歳をとれば単純に鈍ってくる。だから皆、声を揃えて、自分の青春時代に聞いた曲が一番いいと言うんです。当たり前です。だって自分の一番多感だったころ、つまり五感が一番冴えている時に触れた物が一番いいに決まっているからです。

何が言いたいかと言うと、つまりはこうゆうことです。

本当の評価って難しい。

もし芸術なんかを評価しなきゃいけない場面で誰が審査するか?絵画なら凄い画家とかになるでしょうし、お笑いなら凄い芸人だろうし、まあ、例をあげれば切りがない。

必ず主観が入ってしまう人間が客観的に判断なんてできっこないんですよ。必ず好き嫌いや好みが入る。ただ、それが悪いってことじゃないです。難しいってことです。

そこで提案があります。確かに芸術作品の評論家は気の遠くなるような書物や映画をみてさらに深く深く掘り下げて勉強してきてますから、一般の人よりある程度客観性もあり、的確なものいいには聞こえるのですが、それはそれとしてまた別の基準てゆうか目安なんてものもあってもいいと思うんですね。

五感の衰えがなく余計な知識のまったくない子供の声です。

まあ、一般の声というのはネット時代なので腐るほどありますからそれはそれでまたひとつの基準というか目安になりうるのですが、単純にどちらがいいと指さしできる判断力がある子供たちに評価してもらうって結構面白いと思うんです。

まあ、異論は沢山あるだろうけど、オッサンの独り言だからね、

例えばフィギアスケートの評価って審査員ぱないじゃないですか。技術的な分野を人工知能で評価しつつ、今まで通りの審査員も審査しつつ、いろんな国籍の子供にも、どの演技が一番感動したかを問う。とかね。

子供の評価って多分ヤバイっすよいろんな意味で。ある意味残酷だったりある意味大人も驚くようなことを指摘したりする可能性がある。なんせ真っ白ですからね。

いらないことを何にも知らない子供の五感ってもしかしたら一番鋭かったりするのかなあなんて思ったりしまして。

2016年4月19日火曜日

真ん中

なんか変な中編小説っぽい駄文を書いてしまいすいませんでしたw

けど意外に読まれていたので嬉しくなり調子に乗って書いてしまいました。

今回は普通のブログです。普通?。

まあ、いいや。

真ん中って難しいんですよね。中道なんて言葉が仏教によく出てきます。真ん中が難しいってのは何が真ん中かを知るには一番左端と一番右端と一番上と一番下を見ないと、もしくは知らないとわからないからなんす。

バランスなんてカッコイイ便利な言葉がありますけど、バランスとるのって大変ですよね。

目をつぶって片足をあげて体勢をキープするだけでも大変です。ダンサーとかバレリーナとか体幹が鍛えられていてバランス感覚がヤバイらしいですが、普通の人は自分の体の中心も把握できていない。

そんな人が物事の中心を当てるなんて至難の業ですよ。

ただ、世間でその才能を認められている人物、スポーツ選手や、作家、タレント、芸術家、等々、沢山いると思います。共通して言えるのが真ん中をつく人と端をつく人に分類されるということ。

そして、端をつく人は好き嫌いがハッキリ別れ、真ん中をつく人は幅広い支持を得る。

どっちがどっちということはないんでしょうが見てるとそう見えるのです。

端をつく人の弱点は、必ず反対側にたつ人間がいる、もしくは必要になる点。

真ん中をつく人は一人で両方をいい感じで触れる点が強みですよね。

わかりやすい例ならビートたけし。

科学的な分野も、果ては心霊やUFOまでTVタックルなんかでよくやるでしょ、しかもそんなに否定しない。真ん中なんすよ。

確か、あの人のお婆ちゃんがかなり強い霊感を持っていて云々なんてどっかで聞いたことがあります、忘れたけどw

僕も心霊とか怖い話し好きですよ、けど大槻教授も嫌いじゃないですw

極右の小林ヨシノリ好きだし、山本太郎も好き。

左代表で山本太郎持ってくるなって意見はたぶんにあると思いますがわかりやすい例です。

両方の言い分がわかるってことが真ん中への道じゃないっすかね、知らんけどw

この知らんけどって最後につける大阪のおばちゃんて天才よねw

最後の最後でいっきに責任放棄する感じが堪らん。

まあ、僕は昔、営業を長い期間やってましてね人と人の間に入る仕事をしてたわけです。人と人の間に入るとその両方の言い分がわかってくるんすよ。そしてその真ん中をつく仕事なんす。こんなんでどうですか?って究極的に自分を消す仕事なんですけど、今思えば凄い勉強になりました。

人ってのは基本的に偏っているものなんすけど自分を消すとかなり冷静に見えるものでもあると思うんすよね、経験上。

真ん中って難しいすけど、やっぱり安定すると思うんすよ。情報が増えた現代だと特にネットに関して感じるのは何が真ん中かわかりづらくなってきている点。端が目立ち過ぎている点があると思うんす。

端の勢いが強くて何がなんだか整理しづらい感じ。

キリスト教が言う、天国と地獄で言えば、天国を知るには地獄を知らないとよく見えてこないし、地獄を知るには天国を知らないと見えてこないんじゃないでしょうか。

僕の好きな映画は散々汚ないシーンの後に一瞬はいる美しいシーンがあります。

映えるんす。

だから嫌なことがあったらこのあと来るであろう良いことのスパイスだと思ったり、良いことあればこのあとくる嫌なことのスパイスだと気を付けたりと、できるんじゃないすっかね。

真ん中でした。以上

2016年4月17日日曜日

Why not

Cityでも小路に入ると少し薄暗く人もまばらになる。以前、チョウさんに誘われて仕事終わりに飲みに行った少しカビ臭い古いPub。店の前には黒いTシャツに黒いジーンズをはいたベイダーのようなデカイ白人が仁王立ちしている。用心棒だ。僕は18だからここシドニーでの飲酒は問題ないのだがアジア人の見た目は彼らからすると幼く、新しいPubに一人で行こうものなら必ずID 提示を求められる。

チョウさんは常連で一緒に付いて行った僕は何も聞かれずに入ることができた。ベイダーは人の顔を覚えることが得意で、次からは一人で行っても顔パスになる。

それからよく一人で来ていた。

店に入ると左手にPool台が二つ、真っ直ぐ進むと左手に長いカウンターがあり右手にテーブル席がある。テーブルの幾つかはもう動かないインベーダーゲーム機で、ただのテーブルとして使われていた。

「a pint please 」

カウンターに1ドル札を置きビールを受け取ると一番奥のインベーダーテーブルに座った。

まだ夕方で客も少ない。

カウンターで注文している背の高いスリムのジーンズにブーツを履いた女性がギネスを片手に振り返る。

僕は思わず立ち上がった。

手をあげて知らせる。

「久しぶり」

彼女は何も言わず席についた。

昨日の電話にセッチャンは出なかったのだが、朝にラインが入っていて事情を説明するとひどく怒られた。まだ怒っている。

思えば4年という時間が経過していてセーラー服とブレザーの僕らは18と20に。
ブーツの高さで背丈はあまり変わらなく中身は子供でも外身はお互い大人になっていた。

「日本語忘れたの?」

「忘れるわけないし」

「こっちに来てたこと内緒にしてたからまだ怒ってるの?」

「別に怒ってねえし」

懐かしさと嬉しさでフッと笑いが込み上げてきて耐えきれずに笑うとセッチャンも笑った。

「俺、別に驚かせようとか思って連絡しなかったんじゃないんだ。連絡できなかったんだよ。またセッチャンが遠くに行ってしまうんじゃないかって。あの時はまだ子供だった、いや今も子供なんだけど、なんにも出来ない悔しい気持ちだけで今日まで生きてきた。頭悪いけど自分なりに英語も勉強したし、本も読んで、映画も腐るほどみた。会った時からこんなに可愛い人いないって思ってたし、今はさらに美人になってる。俺なんかどうしようもない男よりいい男は沢山いると思うけど、俺は俺の中の100%でセッチャンを想うし、セッチャンはどう思うかわからないけど、少なくても俺はそうすることで生きている意味を感じる。少し時間がかかったけど振られる覚悟がやっとついたんだ。遅くなってごめん、俺はセッチャンが好き。俺の彼女になって欲しい」

人差し指で涙を切るとセッチャンは

「Why not 」と言って僕の襟首をつかんでインベーダーの上でキスをした。

終わり。

2016年4月14日木曜日

風に吹かれて

チョウさんはいつもと変わらず下ネタで挨拶をしてくるが、みな深い二日酔いでどこか暗い。逆にサチコさんだけが笑っている。

アサイさんと僕は黙々と仕込みをしていた。

毎日同じように鶏や魚や肉をさばいているといろいろ感じてしまう。

どれひとつ同じ鶏や魚や肉はないのだけれど、結局それは鶏や魚や肉であって、大差ないのだ。鶏の世界じゃさぞスタイルが良かったであろう鶏も、魚の世界じゃさぞ泳ぎの速かった魚も、豚の世界じゃ話しの面白い豚も、みなさばかれて、アサイさんやカンさんに美味しく調理され、下ネタをばらまいているチョウさんに運ばれ、客の目の前に並ぶ。

まだ食べられるものはいいのかもしれない。手元がくるってヘドロまみれの床に落ちた肉は、まっすぐゴミ箱に入ったりもする。

人間の世界もある一点から見つめれば、同じようなものなのかもしれない。そのある一点とは何かはわかりもしないけど。

今朝、久しぶりに横浜ボーイズとバックパッカーの共同キッチンで会った。明日帰国するのだという。彼らはオーストラリア人の友達に会いに来ていた。DJをやっている白人の友達は去年まで横浜に留学していたらしい。昨日は彼と三人で葉っぱをすった後にハーバーブリッジの鉄柱を登ったと笑いながら言っていた。

いろいろな肉があるのだと思った。

冷凍の豚肉を電動スライサーにかけながら、自分の中のモヤモヤを考えていた。

4年も前からずっと同じ人を想うってなんなのか、新聞屋の先輩はハッキリさせないと進まないと、ここに彼氏とかいたりしないのだろうか、俺のことなんて忘れてるんじゃ。。

ポロっと肉が床に落ちた。

散々生意気な口をきいたバチがあたったかのようにびびりまくっている自分とご対面することになる。

「昨日はありがとう」とサチコさんが言ってきた。

僕は何のことかわからなくて少し目を大きくした。

「いやfire workリクエストしてくれて」

「ああ、いや僕が単に聴きたかっただけなんで」

「ねえ、今日も行かない?」

「え?」

訳のわからないまま、2日連続で店のすぐ近くにあるカラオケに来てしまった。
昨日と違うのはサチコさんが来てほしいと思った人限定の飲み会になったこと。ユウコさんツヨシさん、俺に、ノリさん。

サチコさんは昨日のことがあってか、ずっと明るくはしゃいでいる。空元気なのか本当に何か吹っ切れたのかはわからないけど。

当たり障りのない話しに、あえての軽い恋愛話しまで出てきて僕は話しを聞いている振りをして自分と対話していた。

カラオケボックスなのに誰も歌わない、
修学旅行の夜みたいに話しこむ5人。

一瞬の間があって、僕はすかさずノリさんの歌が聞きたいと言うと、「いいよ」と軽く答えてくれた。

"風に吹かれて"と画面に表示される。

輝く太陽はオレのもので

きらめく月は そう おまえのナミダ

普通の顔した そう いつもの普通の

風に吹かれて消えちまうさ

あたりまえに過ぎ行く毎日に

恐れるものなど何もなかった

本当はこれで そう 本当はこのままで

何もかも素晴らしいのに♪

ノリさんは普通に歌っていたけども、僕はこの曲を知らなかった。知らなかったゆえに雷に打たれたような気持ちになり、なんだか少しだけ見えてきた気がする。

"本当はこれで そう 本当はこのままで何もかも素晴らしいのに"

僕は何を焦っていたのだろうか、何を期待していたのだろうか、何をそんなに自分を責めていたのだろうか、何にもないことを何故認められなかったのか、何をそんなに求めていたのだろうか。

「ノリさんありがとう」

ノリさんは不思議そうな顔をしていた。

俺なんてヘドロまみれの床に落ちた肉なんだと思わなくても、何かできるとか思わなくても、ここにいることを認めるのが怖かっただけだと思った。フラットなまんまを明らかに見ることが怖かっただけ、何をそんなに怖がっていたのだろうか。

帰り道グロサリーに寄って食パンを買った。

City はまだ人で溢れている。人混みの中を歩きながら身投げの準備をしていた。

セッチャンに電話をする。出ろ、出ろ、出ろ。

続く

2016年4月12日火曜日

Friday2

「いやでもぅ」トシ君は口を尖らせていた。

少し広めのカラオケボックスだが、だんだんとタバコの煙が蔓延してきて目がしみる。

「んーまあ、僕が言いたかったのは自分の身は自分で守るしかないよってこと。誰かに守って貰おうなんて考えなら日本から出ないほうがいい。いや日本でも十分に危ない考えかもな。誰も守ってくれやしないさ。逆に考えたらいい経験になったかもしれない、警棒でボコボコにされる前に気がつかせてくれたと、その警官に感謝すべきだよ。」

トシ君は黙ってしまった。

サチコさんのすすり泣きはやがて大泣きに変わり、ユウコさんはじめまわりが焦りはじめていた。

酒が入って泣き上戸が出ただけなのか、ハーピーの歌に変わる新たな人を魅了するための技なのか?僕はひどく警戒した。

「ちょ、ちょっとどうしたのサチコさん大丈夫?」とユウコさんが気遣う。

「ぐ、ぐ、ぐおめんなさい、ごめんなさい、せっかくの歓迎会なのに」

「いやいやいやぜんぜん気にしなくていいよ、あんな歌聞いたことないよ、サチコさんすげー歌上手いっすね、なあ、みんな、もう、とにかく乾杯しよカンパーイ!」とユウコさんの次にベテランのツヨシさんが無理矢理に乾杯をし、皆もつられて乾杯した。

チョウさんがいてくれたらサチコさんも笑わせてまた盛り上がるのに、ふとそう思った。そして自分でトシ君に言った生意気な言葉を思い出す。そうだ誰も助けてはくれない。

「あのー、サチコさんfire work歌えます?」

サチコさんは黙って頷いた。

はじめは探り探りそして後半はまさに花火のように弾けていた。セッチャンとは違う上手さがそこにあって、頭の中で重ねては強烈に思い出し、涙がでそうになる。無理にビールを飲んだり、唾を飲んで狭くなる喉を広げようと努力した。

サチコさんが歌い終わると、彼女は何かを決心した顔になり、日本にいた時期に何があって今ここにいるのかを語りだした。

「私、実は。凄く好きになった彼がいて、婚約してたんです。彼の両親とも仲がよくて、凄くよくしてくれました。私は片親だったから、新しいお父さんお母さんが出来たみたいで嬉しくて、彼もそのことを喜んでくれてました。母とはちょっとした喧嘩が原因で疎遠になっていたんだけど、彼がどんなに嫌いでも親は親だから1度会ってみたら?って僕も会いたいしって彼が間に入って二人の仲をとりもってくれたりしてたんです。これ以上の人はいないって私も思って入籍する日も式の準備もしていたんです。でも、彼が病気になって、それからはずっと病院でした。先生も驚くぐらいの生命力で余命2ヶ月を半年生きました。多分あの人の意地だったと思います。私、それからどうしていいかわからなくて、毎日泣いてました。向こうの親も優しい人だから毎日電話くれて嬉かった。、、けど私、だんだんと息苦しくなってきて私も死んじゃおうかなって思ったりもしたんです。だけど私には死ぬ勇気もなくて、何をしていいかもわからなくなってとにかく仕事を辞めて、しばらく引き込もっていました。彼と行く予定だった新婚旅行の行き先はオーストラリアで、ここにいても仕方ない、どこか遠くに行って何もかも見つめ直したいって思ったんです。だから来たんです、ここに。」

みな漬け物石でも頭に載せられたかのように、その重さを感じていた。

僕もなんとなくここに来た理由が重なっていて共感した。違いは生きているか死んでいるかで、それは天と地の違いなんだろうけど、僕の中ではあまり変わらないような気がした。けどこれは絶対に口に出来ない、言えばそこにいる全員から袋叩きにあうだろう。

サチコさんはごめんなさい変な話しをしてしまったと頭をペコペコしていた。

Do you ever feel like a plastic bag

自分がビニール袋みたいだなって感じたことある?

まさに今感じている。しかもサチコさんが少し羨ましかった。これは凄く不謹慎な感想だと思うけど大好きな人を一番綺麗な状態で保存できるのだ。しかしその代償は計り知れないだろうとも思う。気が触れてしまうギリギリを生きていかなきゃならない苦しみに僕は耐えられないだろう。何かのせいにして酒やドラッグや何か他のものに溺れながら、白い目でみられながら野垂れ死にするかもしれない。

だんだんと盛り上がりも復活してみんなは2次会に行ったが、僕は遠慮した。

電車に乗って窓の外を眺めながらセッチャンのfire workを再生した。セッチャンはとても渇いていた。何かを極端に失った人の失望が前面に出ていて、助けすら求めない慢性的な渇きで歌っていた。盛り上げる筈のサビが逆に白々しく渇きを強調してしまう。

危うく降り損ねるところで我に帰った。

会いたくなった。

崖から身投げするつもりでラインを開いたまま何も打てずに僕は寝ていた。

何故かあんな気分の次の日は晴天だったりする。曇り空じゃない、そのまったく関係ない感じが小さい僕をよりいっそう小さくしてくれて、はやく大人になれよともう一人の自分が言ってくる。

会いたいような会いたくないような。

シャワールームの小さな窓から見える雲ひとつない空を見ながら迷い子になっていた。

つづく

2016年4月10日日曜日

Friday

毎週金曜日は給料日だ。え?いや僕は勘違いしてないよ。間違いなく毎週給料日がくる。日本ぐらいじゃなかろうか、月に1回の給料日なんて。今じゃ考えられない月に1回って。

僕は勿論、経済なんて詳しくないし、そんなに興味はないのだけど、給料日を欧米と同じように毎週にするだけで消費は間違いなく良くなると思うけどね。だって使っちゃうでしょ、どうせ来週また給料日がくるんだから。

Fridayは特別な日だ。スタッフ全員の機嫌がいい。誰かが犠牲になってスポンジ役にならなくても、昨日まで大喧嘩していた者も、みんな朝からニコニコだ。

新人のトシ君とサチコさんの歓迎会を兼ねて飲みに行くことになった。何故か中国人スタッフは呼ばないでというベテラン日本人軍団の強い要望により、この会は秘密裏に計画されていた。僕はそのへんが気に入らなかったが、信用していたユウコさんの誘いを断ることはできず、まあ、酔った勢いで年齢に関係なく何々人は呼ばないでなんてふざけた事を言っている日本人に説教でもしてやろうかと生意気全開でのぞむ事にしたのだった。

カラオケボックスは至るところにある、僕としてはせっかく英国系の国に来ているのにpool bar にも行かないのかと思ったが、とにかく合わせた。

トシ君は同い年でイケメン、髪をうしろで結んでいる。サチコさんは美人で、明らかに歳上だとは思っていたがまさか30を越えているとは誰も気付かず、場はどよめいた。

「私から歌ってもいいですか?」とサチコさんが言うと、全員がどうぞどうぞとダチョウ倶楽部になる。当たり前だ、新人ではあるが最年長なのだから。
しかもその曲は「Automatic 」。
皆顔を見合わせる。
僕も知っていた、お母さんが宇多田ヒカルを好きでよく聞いていたから。

「七回目のベルで受話器をとった君♪」

その場にいた全員の目が点になった。完璧な歌いだしに口を開けているものまでいる。そのうまさは単に歌が上手いを越えていて完全に世界を持っていてそれを表現していたのだ。

ハーピーに魅了された人間達が次々にリクエストをしてさらに魅了されていく様をみながら、多少飽きてきた僕はトシ君と話し込んでいた。

「ヒロさん聞いて下さいよ。僕こっちにきてまだ2週間くらいなんすけど、さっそく差別的なことされたんですよ、しかも相手が警官で、路上で職質されたんです。そして持ち物検査。んで僕小さい折り畳み式のナイフ持ってたんです。それが見つかって、何だこれは?って問い詰められてたんだと思うんですけど僕英語わからなくて、怖くて泣きそうになってたら横にいた女警官が止めてくれて、なんとかその場は大丈夫だったんですけど、あの女の人いなかったら僕なにされていたかわからないですよ。警官て市民を守るものじゃないですか、こんなの絶対おかしいですよ」

僕は楽しい筈のfridayでだんだん機嫌が悪くなるのを感じていた。中国人スタッフは呼ばないでもハーピーの歌もトシ君の話しも全部下らなくなっていった。

「トシ君さあ、まだ2週間だから仕方ないかもしれないけどね。なんか勘違いしてるかもしれないよ。まずここは日本じゃない。公用語も英語だ。日本じゃないってことは日本の常識は一切通用しない。当たり前だけどね。言葉から違うんだ。嫌なら帰ればいい。差別ってのはあるんだよ、いや勿論賛成しないよ俺だって、今だって中国人スタッフ呼ばないことにムカついているぐらいだ、けどここにあるんだよ差別は、まずそこを認めたほうがいい。差別の存在を認めることと差別を推奨することは違うんだ。トシ君はまだ良かったと思うべきだね、俺がみたアメリカの光景に比べたら。白人警官が倒れているホームレスの黒人を警棒で骨が折れたんじゃないかってぐらい殴り続けたんだぜ、目の前で。警官は市民を守るためにある?俺が一番気を付けているのはギャングよりも警官だよオフィサーだ。俺の服装みてみなよボロい服だろ、できるだけ目立たないように気を使ってる、できるだけこっちで服を買うようにしてる、できるだけ現地に馴染むようにしている、できるだけ英語を早く覚えるように独学だけど勉強してきた、できるだけトラブルを避けるように背中に目をつけて歩いているよ。トシ君は何かそのできるだけをしているのかい?」

ちょっと意地悪だったとは思ったけど、こんなんで目を冷ましてくれたら御の字だと思った。

気がつくとハーピーの歌声が消えていて、すすり泣く声が聞こえてくる。

ハーピーは泣いていた。

サチコさんにはどうやら歴史があるようだ。暗い歴史が。

続く。

Friend

カジノでも追い返される穴開きジーンズで約束の時間20分も早くそのお店についた。

開店前の店内は薄暗く、厨房ではあわただしく仕込みが行われている。テーブル席に案内されるとすぐに面接が始まった。

厨房のほうからウエイトレスが集まってひそひそ話をしながらかわるがわるこちらを覗いている。

レジュメを取り出すと「あーそれいらないよ、」と言われ「君、名前は?」「飲食店経験ある?」「歳は?」「ワーホリ?」「ビザいつまで?」と連続で質問され適当に返事をしていると「じゃー明日からきて」と5分もしないうちに仕事が決まってしまった。

どんな仕事でも断られるより受かるほうが嬉しいわけで、その日はバックパッカーの知り合いと酒を飲んだ。

初日「あなたはニホンジンですか?」とチーフウェイターのチョウさんが片言の日本語で話しかけくる。僕が答えると。

「アナタヤラシイ、イク、イク」

「いや俺は言わないっすよチーフ」

「ソウソウ、アナタイワナイ、アナタイワセル、イク、イク、イワセル」

「いや言わせないですよ、それビデオの見すぎです。チーフ」

「ニホンのビデオ、サイコウです。アナタニホンジン、サイコウです。アリガト」

他のスタッフは爆笑している。

日本人は4~5人で後のスタッフはみな中国人だった。オーナーも中国人、チーフシェフのカンさんも中国人、ベテランシェフのアサイさんは完全に日本人の名前でありながら中国人という変化球をほうりこんでくるしまつ。

チョウさんは色白でモテそうな顔をしているにも関わらず、とにかくエロイし面白いことを言っては皆を笑わせた。

ワーキングホリデービザの期限は1年間しかない為、パートタイムジョブで働く人の入れ替わりが激しい。ようするに3カ月働いて旅費が貯まればみなゴールドコーストとかニュージーランドとかエアーズロックに旅に出ていくのだ。

日本人女性が面接に来たりすればもう大変で、チョウさんをはじめ野郎どもがキッチンから団子6兄弟ぐらいで覗きチェックが入るのである。彼らは日本人女性に目がないようだ。ある種のブランド化している、日本におけるJKブランドに近い。

その女性が入るやいなや、ほとんどセクハラ級の下ネタでグイグイせめてはベテランウエイトレスのユウコさんに怒られるというコントをほぼ毎日のように繰り返すのである。

1ヶ月もたつと仕事も慣れ人間関係も少しずつ出来てきた。

チーフシェフのカンさんは熱い男だ。サモハンキンポーを思わせる太った体に太い眉毛の下にある鋭い目。

「いいかヒロ、お前はやる気もあるしセンスもいい、もっと練習してチーフになるんだ。俺なんか若い時は仕事がはじまる前と仕事が終わったあともキッチンに残って、フライパンにタオルを入れてそれを返す練習を毎日してたんだ。ここにいる連中はみなこの仕事をどこか馬鹿にしてる。こんな仕事いっときのものとどっかで思ってる。だからあれだけいい加減な仕事が出来るんだ。そりゃどんなに頑張っても時給はだいたい一緒だ。だから人間手を抜きたくなる。けどなそれじゃダメだ。ダメなんだよ!」

と真剣な顔で言ってくる。

僕は英語がわからない振りをしてその場を誤魔化した。

ちょっとした罪悪感と共にセントラル駅で電車を待ってる間、考えてしまう。彼の言っていたことは正論だった。僕も正直このバイトが一生の仕事になるとは考えていなかったしどこかいい加減な気持ちもあった。チョウさんが笑わせてくれるから自分から笑わせなくてもいいし、アサイさんはほとんど口を開かないが黙々と仕事をこなした後、いつも僕を先に休憩に行かせてくれたり、ミスをしても必ずフォローしてくれてかつ何にも言わない優しい人、ベテランのユウコさんも僕が難しい顔をしているとチョウさんを使って僕を会話に巻き込んで無理矢理に元気をくれるのである。みんないい人だ。ただみんな熱い男カンさんのことは嫌いだった。カンさんは悪い人じゃない。頑張り屋さんだ。頑張るから頑張らない人が嫌いなんだろう。そして嫌われてしまう。僕はなんだか気の毒に感じた。悪い人がいなくても、いい人ばかりでも世の中はなかなかうまくいかないものだと教えてもらった気がする。

電車の窓から夜の街を眺めながらチョウさんの「イク、イク」を思い出してまたニヤニヤしてしまう。なんだか楽しくなってきた。続く