2016年4月12日火曜日

Friday2

「いやでもぅ」トシ君は口を尖らせていた。

少し広めのカラオケボックスだが、だんだんとタバコの煙が蔓延してきて目がしみる。

「んーまあ、僕が言いたかったのは自分の身は自分で守るしかないよってこと。誰かに守って貰おうなんて考えなら日本から出ないほうがいい。いや日本でも十分に危ない考えかもな。誰も守ってくれやしないさ。逆に考えたらいい経験になったかもしれない、警棒でボコボコにされる前に気がつかせてくれたと、その警官に感謝すべきだよ。」

トシ君は黙ってしまった。

サチコさんのすすり泣きはやがて大泣きに変わり、ユウコさんはじめまわりが焦りはじめていた。

酒が入って泣き上戸が出ただけなのか、ハーピーの歌に変わる新たな人を魅了するための技なのか?僕はひどく警戒した。

「ちょ、ちょっとどうしたのサチコさん大丈夫?」とユウコさんが気遣う。

「ぐ、ぐ、ぐおめんなさい、ごめんなさい、せっかくの歓迎会なのに」

「いやいやいやぜんぜん気にしなくていいよ、あんな歌聞いたことないよ、サチコさんすげー歌上手いっすね、なあ、みんな、もう、とにかく乾杯しよカンパーイ!」とユウコさんの次にベテランのツヨシさんが無理矢理に乾杯をし、皆もつられて乾杯した。

チョウさんがいてくれたらサチコさんも笑わせてまた盛り上がるのに、ふとそう思った。そして自分でトシ君に言った生意気な言葉を思い出す。そうだ誰も助けてはくれない。

「あのー、サチコさんfire work歌えます?」

サチコさんは黙って頷いた。

はじめは探り探りそして後半はまさに花火のように弾けていた。セッチャンとは違う上手さがそこにあって、頭の中で重ねては強烈に思い出し、涙がでそうになる。無理にビールを飲んだり、唾を飲んで狭くなる喉を広げようと努力した。

サチコさんが歌い終わると、彼女は何かを決心した顔になり、日本にいた時期に何があって今ここにいるのかを語りだした。

「私、実は。凄く好きになった彼がいて、婚約してたんです。彼の両親とも仲がよくて、凄くよくしてくれました。私は片親だったから、新しいお父さんお母さんが出来たみたいで嬉しくて、彼もそのことを喜んでくれてました。母とはちょっとした喧嘩が原因で疎遠になっていたんだけど、彼がどんなに嫌いでも親は親だから1度会ってみたら?って僕も会いたいしって彼が間に入って二人の仲をとりもってくれたりしてたんです。これ以上の人はいないって私も思って入籍する日も式の準備もしていたんです。でも、彼が病気になって、それからはずっと病院でした。先生も驚くぐらいの生命力で余命2ヶ月を半年生きました。多分あの人の意地だったと思います。私、それからどうしていいかわからなくて、毎日泣いてました。向こうの親も優しい人だから毎日電話くれて嬉かった。、、けど私、だんだんと息苦しくなってきて私も死んじゃおうかなって思ったりもしたんです。だけど私には死ぬ勇気もなくて、何をしていいかもわからなくなってとにかく仕事を辞めて、しばらく引き込もっていました。彼と行く予定だった新婚旅行の行き先はオーストラリアで、ここにいても仕方ない、どこか遠くに行って何もかも見つめ直したいって思ったんです。だから来たんです、ここに。」

みな漬け物石でも頭に載せられたかのように、その重さを感じていた。

僕もなんとなくここに来た理由が重なっていて共感した。違いは生きているか死んでいるかで、それは天と地の違いなんだろうけど、僕の中ではあまり変わらないような気がした。けどこれは絶対に口に出来ない、言えばそこにいる全員から袋叩きにあうだろう。

サチコさんはごめんなさい変な話しをしてしまったと頭をペコペコしていた。

Do you ever feel like a plastic bag

自分がビニール袋みたいだなって感じたことある?

まさに今感じている。しかもサチコさんが少し羨ましかった。これは凄く不謹慎な感想だと思うけど大好きな人を一番綺麗な状態で保存できるのだ。しかしその代償は計り知れないだろうとも思う。気が触れてしまうギリギリを生きていかなきゃならない苦しみに僕は耐えられないだろう。何かのせいにして酒やドラッグや何か他のものに溺れながら、白い目でみられながら野垂れ死にするかもしれない。

だんだんと盛り上がりも復活してみんなは2次会に行ったが、僕は遠慮した。

電車に乗って窓の外を眺めながらセッチャンのfire workを再生した。セッチャンはとても渇いていた。何かを極端に失った人の失望が前面に出ていて、助けすら求めない慢性的な渇きで歌っていた。盛り上げる筈のサビが逆に白々しく渇きを強調してしまう。

危うく降り損ねるところで我に帰った。

会いたくなった。

崖から身投げするつもりでラインを開いたまま何も打てずに僕は寝ていた。

何故かあんな気分の次の日は晴天だったりする。曇り空じゃない、そのまったく関係ない感じが小さい僕をよりいっそう小さくしてくれて、はやく大人になれよともう一人の自分が言ってくる。

会いたいような会いたくないような。

シャワールームの小さな窓から見える雲ひとつない空を見ながら迷い子になっていた。

つづく