2015年4月2日木曜日

大好き過ぎて手離せない本。

ちーす。さっきちゃんと腹筋しましたワタケンです。

人間はそれまでの四足歩行を捨て、二足歩行をするようになりました。両手を器用に使い、いろいろな道具をつくりどんどん進化したようですが、そのことで腰痛というものに悩まされるようになったそうです。四足歩行には腰痛はないらしい。

腰を腹筋や背筋でしか支えられないので物理的にそうなるらしいのです、整形外科の先生に腹筋をもう少し鍛えなさいと言われてから20年以上たちますが、言われた通り腹筋をしまくっているとアラ不思議、腰痛とはずっと無縁でございます。

と、まったく関係ない話しをしてしまいました。

今日は僕の考えの元になっている大好き過ぎる本を晒してしまおうと思います。

以前テレビで有吉がマツコに「あんた今、どんな本読んでるの?」と聞かれ「絶対答えたくない、だって頭の中覗かれる気がするし恥ずかしいからヤダ」と結局、答えなかったシーンをふと思い出した。

そんなに恥ずかしい事なのかな?俺にはわからない感覚。ひょっとしてみんなも同じような感覚なんだろうか?まあ、どうでもいいか(笑)

1 「ブッダの教え一日一話」今を生きる366日の智恵

これね、これはヤバイね。この本は以前、離婚してこの世の終わりぐらい精神が病んだ時期に母から貰った本でございます。別に仏教徒ではありませんが、それはそれはしみてくるのであります。

結構、勘違いされている方、多いと思うのですが宗教=死後の世界、みたいな人いますよね。物凄い誤解。まあ、読めばわかるのですが、ザックリ言えばどう考えたら楽に心安らかに毎日過ごせるのか、という智恵しか書いてません。しかもこの本は現代人に分かりやすい簡単な言葉で一日一話という形で区切って短くまとめてあります。そうブログみたいに

これ勝手に引用したら怒られるのかな?まあいいか(笑)怒られたい。

例えば、5月5日の文章。

傾いた基礎

人を恨み、人の過ちを許せない人は、心が育ちません。「許さない」という心は、土台が傾いているようなものです。傾いた土台の上に建物をつくれば、そのまま傾いて、いつか壊れてしまいます。だから、恨みはさっぱりと捨てることです。(ブッダの教え一日一話引用)

こんな感じのが366書かれてます。別に難しいこと書いてないでしょ?、好き過ぎて何周したからわからんぐらい読んでます。別になんにも困ってないときは開かなくてもいいんすけど、なんかにつまずいたりした時とか読んじゃいますね。まあ、本来、宗教は心の病院みたいな位置付けであって必要のない人にはまったくいらないし、心の風邪を引いた時に利用する程度でいいんじゃないっすかね。しらんけど(笑)

しらんけどって大阪の人よく使うんだが、天才だよね(笑)

2 「自分の中に毒を持て」岡本太郎

でたー、太陽の塔の人~。芸術は爆発だの人~。これも濃い濃い。天丼食べた後にケンタッキー出されるぐらい濃い。ぜんぜんサラッとしてません。途中から岡本太郎さんに、怒られているような錯覚に陥ります(笑)まあ、ボロクソに糞味噌に否定されまくりたい人にはお薦めですね。まぢで立てなくなる人もいるんじゃないかってぐらい強烈に刺してきます。活字で人を殺そうとしてたかもと錯覚するぐらい、普通の人なら流血必死の格闘技本ですな。先生は手をいっさい抜かないので連続で叩き込まれてくださいませ、岡本ラッシュは本気でヤバイ。マシンガンキックが可愛くみえちゃうぞ。

3 養老孟司の逆さメガネ

でたーー。馬鹿の壁の人~。なんだか昔の中国の偉人みたいな名前の人~。
はい、皆さんご存知、養老先生でございます。バカの壁は超有名なんですが、僕はこの逆さメガネが大好きですね。現代社会の歪みの根本を分かりやすい論理で書かれています。特に教育については元々東大で教えていた方なので、その説得力も半端ないっすね。僕が教育や子供や都市化(フィクションも含め)についてブログを書いたりtwitterで書いたりするときのベースにくる考え方が書いてあります。全部が全部盲信しているわけではないですが、疑えば疑うほど納得してしまうもんなんです本物というのは。かなり根本までえぐって書かれていますので是非読んで欲しいですね。バスや電車で子供がうるさいって感じる人は特に読むべきだね。

と、まだありますが、一番から三番まで強烈なやつを勝手に紹介しますた。

まあ、本に答えはないのだけどその中のヒントが人を救うこともあるでしょう。現に僕は救われましたな。このクズ野郎が!でもそのまんまでいいんだぜって言われた気がして楽になった。

不幸が続いてもそれが良かったと思える自分になれたこと、そんな本との出会いもあるんじゃないですかね。

彼女にはこれらの本がみつかって一瞬ドン引きされましたけど(笑)そのあと写メまでとられたし(笑)アハハ!またにー。

雪が降るとき(第四話)

その日も朝から雪が降っていた。息は白く歩くたびにギュッギュッと音がなる。

車も歩く人もみんな白い煙りを出していて川からも湯気がたち、パルプ工場の大きい煙突からも煙りが立ち上る。顔が痛くなるほどの寒さに私は少し腹を立てる

学校に着くと少しだけ暖かい、暖房のスイッチはまだ入ったばかりのようだ。
まだガンっガンっと音をたてている。

私は席替えになんの期待もしていない。しいて言えば窓側になって欲しいといつも思っている。暖房も近いし窓から外を眺めるだけでよかったから。この前の席替えでやっと念願の窓側になった。

窓に映る自分の顔を見て、はじめて化粧をした時を思い出す。自分で可愛いなんて思ったことなんかないけど、化粧をすると自分の中まで変われる感じがした。

教室が騒がしくなって我に戻った。

黒板のほうに視線を戻すと、誰かの視線を感じた。教室をぐるっと見渡しても誰も私を見てはいない。でも気になった。

「はい、みんな席について。」

また視線を感じた。次こそはと思い後ろまで首を回すとおもいっきり目があってしまった。どうしよう。急に顔が熱くなった。

「……になるからちゃんと忘れないようにしろよ」

先生がなんの連絡をしていたかも聞こえないほど恥ずかしかった。いや嬉かった。この高校にきてはじめてアノ人をみてからずっと気になっていた。けど私なんて相手にされないだろうし、女友達すらいない私に男子と話しをするなんて想像もできなかった。

でもはっきり目があった。明らかに私を見ていたのはアノ人だった。

その日はずっと落ち着かなかった。

もしかするとただからかっているだけかもしれないし、たまたまかもしれない、けどからかっているのならなんだか少し腹が立ってくる。

私はまた窓から外を眺めていた。

「お母さんに似てキカナイね」

とふいに叔父の言葉を思い出すとなんだか可笑しくなった。

先月、看護学校に願書を出した。来年の試験の為に勉強しないと、私は自分に言い聞かせて騒ぐ心を落ち着かせる。

落ち着かせようとすればするほど落ち着かない、そんな日を何日も繰り返していくうちに私はある決断をする。

キカナイ私の決断だ。続く。