2015年4月14日火曜日

ブログ書きのバラッド

嗚呼、書くことわあ♪

難しいことじゃな~い♪

ただ文字に身をまかせ~♪

頭のなかを空っぽにするだけ~♪

嗚呼、目を閉じれば~♪

胸の中にうつる~♪

なつかしい思い出や~♪

あなたとの毎日~♪

本当のことは~♪

ブログのなかにある~♪

いつもなら~♪

照れ臭くて~♪

書けないことも~♪

今日だってあなたを思いながら~♪

ブログ書きは書くよ♪

ずっと書けなかった言葉がある短いから

読んでおくれ♪

愛してる~♪

それでは聞いてください本物を
斉藤和義 で 歌うたいのバラッド 【MUSIC VIDEO Short】: https://youtu.be/pJanaHzA4Pc

名誉殺人

NHKでパキスタンの実情を紹介するドキュメンタリーをみた。

「名誉殺人」この熟語だけで釘付けになった。意味がわからないからだ。

名誉殺人とは今もパキスタンの農村地区で残る古い習慣で、親の命令にしたかわず好きな人と駆け落ちした娘をその家族や親戚が家の名誉を汚したとして殺してしまうことを意味している。

パキスタンでも殺人は法律で禁じられているが、警察の権力が十分ではない農村地区ではよくあることらしい。

背後には男が全ての権力を持ち、女性の人権をいっさい認めていない社会がある。

人権団体はパキスタンで地道にこの名誉殺人の撲滅を目指し農村地区などで講演をしたり教育したり啓蒙に励んでいるが、そう簡単に事は運ばないようだ。

話を途中で遮って「殺される理由をつくるのは常に女だ」とか女性までも「家族や親戚に反抗するから殺されるのよ」とか、日本では考えられない発言が連発するのだ。

なので法律で禁じてはいるが、なかば当たり前に存在している。

この名誉殺人は地元の有力者から命令されることもあるそうだ。娘が家をでていくなんてことは許してはならないといい、家族にその娘を殺すよう命じるらしい。イスラム教の厳格な規律にも触れているので命令する人を避難することはまったくなく、むしろほとんどが支持されている。

そして児童結婚という悪しき習慣も背後にある。児童結婚とは家の経済的事情により娘を学校に行かすことができず、親の命令した相手に強制的に結婚させる習慣だ。このときに親の命令に反したり、別の男性と駆け落ちしたりすると、名誉殺人で殺されるのだ。

一番酷いケースはレイプだ。カイナットさんという人が密着取材を受けていたが、考えられない彼女の状況に愕然とした。彼女が13才の時、学校帰りに寄ったお店で背後から薬品で眠らされ、気づくと複数の男が武器で脅してきたという。その時に性的暴行をうけ、家に帰った彼女。さらに彼女を追い込むことがおこる。性的暴行の噂が村中に拡がり、未婚で性行為をしたと批難され、村の有力者たちから名誉殺人を命じられたのだ。

考えられるだろうか?しかし、カイナットさんの親は戦うことにしたのだ。無実の娘が何故、殺されなければならないのかと。正論中の正論も古い習慣や厳格なイスラムの教え、歪んだ男社会では通じるわけもなく、カイナットさんの親がやっていたお店は強制的に閉店され、村中から批難され続けた。カイナットさん一家は都会に逃げることになる。

都会にでてきたところで家族全員でハンガーストライキを街中の道路で行い、レイプ犯の逮捕を訴えた。

のちに現地の新聞に大きく、報道され、やがて4人の男が逮捕されるのだが、こっからがすごい。カイナットはあまりに有名になってしまい街中で買い物をするにも銃を持った警官に警護してもらわないと、いつ襲われてもおかしくない状況になってしまった。その村の人だけでなく、イスラム過激派の人たちや、今だにはびこる男性社会支持者、あらゆる人から命を狙われているのだ。

なにもしていないというのに、むしろ性的暴行を受けた被害者だというのに。

結局4年後、4人の男の判決が出た。

「無罪」。

この世には地獄があるとハッキリと認識した。このあたりになると怒りがこみ上げてくる。さらに、カイナットさんの兄がなにものかに銃で撃たれて亡くなった。

パキスタンと言えばマララさんだ。あのノーベル平和賞受賞者、マララさんは女性に教育をと訴え、過激派のタリバンに襲撃された人だ。悪い人達に襲われた女の子に世界中から注目が集まり多額の寄付や治療の支援、アメリカや欧米も彼女を支持した。

派手な部分だけしか見てこなかった私だが、マララさんの相手はタリバンに限ったものでなく、パキスタン全体に根付く名誉殺人や児童結婚や男性社会などかなり大きいものになる。

彼女はノーベル平和賞受賞スピーチで、私は私を襲った人達を恨んだり憎しんだりしていません。彼らも恐れているのです。と述べた。

彼らも恐れている。日本や欧米で当たり前の人権、教育を受けることを訴え襲われてしまう社会において、彼女の言葉は銃をこえる強さを持つのだと思う。

マララさんはカイナットさんとも会い協力して人権を訴えていく事を誓っていた。マララさんに勇気を貰ったパキスタンの女性はカイナットに限らず、あちこちで女性グループができ、名誉殺人や児童結婚の問題にひとつひとつできることから取り組んでいるようだ。

これだけ極端に酷い状況の国があるのだ。世界の広さは時に恐ろしい。

戦うとはまさにこういうことなのだろう。命をより大事なものがあるといって死んでいったソクラテスを思い出す。

今まで名誉殺人で自分の親に殺された娘の恐怖は計ることはできないだろう、彼女らの思いが魂がマララさんを奇跡的に助け彼女に大きな力を与えたのではないかと勝手に解釈している。

いかに常識や風習が人々を盲目的にさせ恐ろしいものかもよく理解できる。

戦中の日本も非国民と呼ばれた人達がいたのだ。

常識とは何か、人権とは何か、教育とは何か、何も考えずに何も疑わずに生きていくということは名誉殺人や児童結婚を支持するものたちとあまり変わらないように思う。

答えのない問いは永遠に続くのだが、考えることを止めてはいけないと思っている。そこを止めるということは人の死を意味する。

One pen.one book. one teacher can change the world, education first,thank you.

Malala