16年という数字は数字として理解できるのですが、じゃあその中身はなんだ?と聞かれると返答に困る。
正直ただただ生きていたとしか言えない。
16年前に亡くなったのだから、それより前は生きていたのだ。当たり前だが。
オヤジが寝るとき必ず聞いていたラジオの音量。
キレると歯止めがきかず、ネコが朝ごはんを盗もうとテーブルの魚に手をだした際、大声をあげて蹴りあげるもネコにサッとかわされ、テーブルの角にスネを打ち付け、怒りに震えながらネコの首根っこをつかみ近所の草むらに投げ捨てた。因みにそのネコは2度とウチに帰ることはなかった。
ミッキーマウスが描かれた謎な魔法瓶に常に番茶がはいっていた。よく焼酎を番茶割りにして飲んで、番茶割りにすると次の日に酒が残らないんだと僕によく説明していた。因みにまだ酒が飲めない息子にだ。
姉が夏休みに友達と海水浴に行くと言ったがカナヅチの父が猛反対し、その友達の親が直接オヤジを説得に来るという場面に居合わせた事があった。オヤジを知るすべての人物ならその後の展開は簡単すぎてクイズにならない。当然、頑として譲ることはなくその凍りつくような空気を今でも思い出す。
オヤジが国鉄の機関士時代に持っていた黒いかばん。
ナゼか子供にラーメンをつくってあげたい状態がたびたびあった。子供がうまいかうまくないかよりなんせ自分がつくりたくて仕方のない感じ。
風呂から上がると裸でテレビの前で停止し、子供たちから「ちょっと見えない!」と言われると凄く喜んでいて、そのくちもとがロバートデニーロに似ていた。
一番上の姉の結婚式かなんだったか忘れたが、その会場で二番目の姉を「みっちゃん綺麗になったなあ」としきりにほめていた事。
いろんな細かい記憶の断片が今でも再生される。
それは一重に父と過ごした時間が楽しかったからに他ならない。
楽しいという感情や記憶はなかなか消えない、勿論、悲しいという感情も記憶もなかなか消えないだろうけど、死して尚残るのはやはり楽しかったという事実だと思うのだ。
死ぬと体は勿論いろいろと消えてしまうんだろうけど、消えないものがあるんだよと教えてくれているような気がする。
1日1日を楽しく。