2015年2月13日金曜日

バイト先ではいろいろと(放浪記その7)

やっとの思いでバイトにありつけた。ジャパニーズファーストフードなんて言っても働いてるのはベトナム人、タイ人、北朝鮮人となんともバライティ豊かな人材と聞いたことも見たこともないメニューが自信満々に写真つきで貼られている。

フードコートの一角なのでレジの横にある板を上げて中に入る。はじめは御飯の炊き方、細かい準備など雑用から始まり、次第に慣れてくると鉄板焼での調理とレジもさせてくれるようになった。昼どきは鬼のように忙しくて楽しかった。鉄板焼で手は火傷でボコボコになるのだが、ぜんぜん気にならない。まあ、橋の下で寝るよりは、、と何かあるたびにこのフレーズでだいたいの事を乗り切るようになってしまった。因みにメインは安定のテリヤキビーフである。鉄板焼で焼いた牛肉をプレートの御飯の上にのせるやつ。日本人なら誰も食べたことも見たこともない料理である。

何故か、寿司も扱っていて人気だった。いつも決まった時間に決まったメニューで決まった場所で食べるカナダ人のマダムの注文が笑える。必ずカッパロール(カッパ巻き)にライスにミルクを頼むのだwww

最初オーダーをうけたとき「え?」ってなったが、僕は満面の笑みで「sure」「かしこまりました」といいマダムを観察することにした。いつも嬉しそうに1度カッパロールを眺めてから食べるマダム。まずはカッパロールを一個口に入れると、まさかのライスwww www www www ジーザスクライスト

カッパロールおかずにしちゃうパターンのやつね、うんうんわかる(笑)ってわかるかーーい!  どないやねん。しかもこのマダムは毎日このメニュー。まるで不良少年も更正しちゃうメニューを毎日食べるあのマダムは多分神様かなにかだと思う。

そんなこんなでバイト生活も慣れてきたころ、、、な、なんと新しくバイトが入ってくるとの情報が、、、しかも女の子二人!!!

よろめきたつ男子一同、しかも僕はまだ18だった。いや期待するなってのが無理だろ(笑)その二人がお店にくる日、何故か男性人はいつもより険しい顔で硬派をきめこんでいて、なんか滑稽だた。

そして僕は、、、そのうちの一人の女の子に完全に一目惚れしてしまった。完全にね。なんてゆうか簡単に言えば一目惚れ?あれ?さっきも言ったな。一目惚れを簡単にしたら何になるんだ、メボレ?なんかボカロみたいだな(笑)

美人じゃないんだ、美人じゃないが、なんかいいの。わかるかなあ、なんかいいのだ。その女の子二人とも韓国人だった。僕は別に何人だからどうとかケツの穴の小さい男ではない。だいたいそんな情報はその人間はどうかという本質的な部分のずーーーーと後にくるむしろどうでもよい情報なのだ。本来はね。

次の日から僕の通勤風景はまたさらに変わっていった。治安の悪い地域に住んでいながら。汚ないグローサリー(食品などを置いてる小さい店)廃墟っぽいビルやエロ雑貨屋、その前に横たわる潰れたジャンキー。やってるかどうかも怪しい映画館、ストリップ劇場、そんなとこを横ぎってバス停に並ぶ。普通の人なら避けて通るような汚ない通りも僕にはなんだか愛らしく映ってたし、そんな中をスキップしたくなる気分だったのだ。

ある日ベトナム人の先輩にいきなりぶっこまれた

ベト先「おまえあの子のこと好きだろ」

俺し「え?なんでわかったの?」

ベト先「そりゃわかるよお前の態度みてりゃあ」

俺し「でも俺なんかどうせ振られるし、、、」

ベト先「バカ野郎!!なんではじめからそう決めつけるんだ言ってもいないんだろ気持ちを」

俺し「う、うん」

ベト先「俺はそんな奴みとめないぜ、いいから今すぐラブレターでもなんでも書いてデートに誘うんだ」

ベト先のあまりのカッコ良さにベト先に惚れそうになりながら、言われるがまま、ナプキンにラブレターを書いた。ナプキンってあの紙の口を吹いたり手をふいたりするやつだかんね(笑)

「僕はあなたのことが好きです、もし良かったらデートしてくれませんか?」

書いた文を読んでベト先は満足気に深くうなずいて僕の肩をバシバシたたいた。途中から英語じゃない言葉で何を言っているかわからなかったしなんか興奮してた(笑)本人以上に喜んでいるのだ。

ともあれ次回はこの続き。


カッコいい先輩っているじゃないですか、俺は後にも先にもベト先をこえる先輩にあったことがない。漫画からでてきたような強烈なキャラにその男気。カッコよすぎっす。しかも彼は給料のほとんどを母国に送金していたんだ、ほんとだお。草食系から断食系とかほんと情けないよな、何がマイルドヤンキーだ笑わせるな、俺はベト先1択!

都会にもどた(放浪記その6)

45ドルだけ握りしめて僕は久しぶりにバスに乗った。以前泊まったバックパッカーに向かうことにする。最近ずっと野宿だったが、いくら治安のいい国とは言え都会での野宿はさすがに危険と判断しバックパッカーのオーナーに交渉することにしたのだ。1泊10ドルだが1週間だと60ドルに割引になる。しかし、手持ちは40ドルほど、さっきは名物1ドルピザ2枚をジュースで流し込んだ。食べたことがある人にはわかるが味は最高でボリュームもはんぱなくデカイ。普通の日本人なら1枚でお腹は一杯になるはずだ、それを2枚(笑)。

バンクーバーにはこの1ドルピザ屋さんがあちこちに点在していてだいたい行列をつくっている。

オーナーに交渉する前に家に電話をして少しだけお金を送ってもらうことにした。結局甘えてしまったのは恥ずかしいことなのだが、無理に野宿して死ぬよりマシだと考えたし、こんな汚ない服で面接にはいけないと思ったからだ。

しかし、当時海外送金なるものはすごく時間がかかり確か1週間ほどかかるとの話し。日本円で3万円だけ送ってもらうことにした。銀行口座はアレックスに付き添ってもらい作っていたので助かった。

オーナーになんと説明しようか?まあ、ありのままに説明した。安宿は料金先払いが基本。

「~それで日本から送金してもらっているんだが1週間かかる1週間の宿泊代を1週間後に支払いたい、もし俺のことが信用できないならパスポート預けるよ」

するとオーナーは
「まず、パスポートは大事な物だからちゃんとしまっておくんだ。それと宿泊代のことは1週間後でかまわないさ、君は日本人だ日本人はみんな信用できる、ところで今日食べるお金あるのか?」

と言って20ドルを貸してくれた。

すげー感動してしまった。何がって、日本人って凄いとはじめて思った瞬間でした。これはたまたま日本から来た数名の旅行者がいい人だったとかのレベルの話しではなく彼が会った日本人全てかつ、日本人全員が海外での生活において時間を守り約束を守り、信頼できる家電や自動車を販売しおごることなく礼儀正しい姿勢などを海外のかたは高く評価くださっているということなのだ。一言で言えばジャパンブランドの凄さである。因みに20年前の話しですからね。

僕は喜んで何度も何度も頭を下げてオーナーに感謝した。なんか少しずつツキがまわってきているようなそんな気配を感じながら、相変わらず日本人ばかりいる憩いの部屋で荷物盗まれた話しをネタにどんどん友達を増やしていると、後から入ってきた日本人に

日本人「え?もしかして君がケンちゃん?」

僕「はいそうですが何故僕の名前を?」

日本人「いや僕はトロントのほうからバックパッカーばかり転々と西に進んできたんだけど途中カルガリーで会った日本人から聞いたんだよケンちゃんてゆう荷物盗まれて大変になってる面白い男の子がいると」

ぶはwww その場にいる全員が笑った。うわ、ケンちゃん有名人じゃん! 人の噂ってすごいな!世界はえらいせまいなあ!などなど、まあ、考えればだいたい若い旅行者が利用する安宿は決まっていてそこに日本人も集まるからわからない話しではないのだが、、、はずすぎるw

とはいえ、やはり仕事をしにきたので仕事を探さなきゃならないバンクーバーには日本語新聞なるものがあるし、バックパッカーの憩いの部屋の壁にはノートの紙切れに手書きで「ルームメイト募集」や「ワーキングホリデー仕事あります」や「トロントまで車でいくよ残り三人募集ガス代シェア」のような情報が貼られていて紙切れの下のほうはタコ足のように切れ込みがはいりそこに電話番号が入っているのだ。人気の情報はタコ足がちぎれまくって殆どないものもある。

だいたいが英語で書いてある情報、こんな手作り感満載の情報は今で言うtwitter や配車サービス「ユーバー」やAirbnbのアナログ版とも言える。20年以上も前からアイディアはあったんだね。

僕は日本語新聞に書かれていた募集に電話をして面接のアポをとりつけた。日本からのお金が振り込まれてすぐに面接用の服を買いお店のあるノースバンクーバーに向かった。ノースバンクーバーはその名のとおり北に位置しているダウンタウンからのアクセスはバスでいくルートとシーバスと呼ばれる湾の上を直線的にすすむフェリーと2種類あるのだが、だいたいバスで通うことになる。比較的裕福層が多く住むこの地域は静かで綺麗な家やプールつきの豪邸なんかもちらほら点在する軽いビバリーヒルズみたいなとこだ。ここのショッピングモールにある日本食ファーストフードのお店が目当てのお店なのだ。面接には沖縄から移住しているオーナーに一言二言質問されて明日から来てくれと即決してもらえた。

きたーーーーーー。やっと仕事をゲットしたのだ。その日は就職祝いみたいなパーティーになりバックパッカーの向かいにある汚ないパブにみんなで飲みにいった。ベロベロに酔っぱらった。なんせビールジョッキで1ドルだからねだいたい80円(笑)、英語でパイントというとジョッキに入れてくれる。

やっとやっとの仕事だ、僕はひたすらに嬉かったし、これでなんとかなると思いヤル気しかない状態になっていたのだ。

次の日から仕事だ、朝おきて共同シャワーを浴びて支度をして職場に向かう。観光で歩く街の風景と通勤で歩く街の風景がぜんぜん違うように見えた、嬉しくて仕方ない状態だったのだろう今まで見えていた景色自体は変わらないのだけど、ようするに自分の中が変化していたんだと思うのであります。続く

今回は日本人の凄さに尽きる。先人たちが築き上げたジャパンブランドは相当なもので末端で生活している庶民レベルでもかなり浸透していた事に素直に驚いた。テレビ番組かなにかでロシアかどっかのストリートキッズが「僕の家はSONY製なんだよ」と言ってSONYと書かれた段ボールを自慢気に見せてくる子供の顔を思い出した。なんだかやるせなくなるのだが、そこまで日本製を信頼してくれているのだ。SONYがんばりや!!!
まあ、SONYは今大変だけどトヨタもホンダも日本を代表して世界と対等に渡り歩いてきた歴史は伊達じゃないということ。トヨタは昔TOYOTAと書かれたロゴの頭のTOYの部分だけを取り上げられトイつまりオモチャと馬鹿にされていた、実際アメシャより大幅に小さいサイズも相まってトイと表現されて笑われていたのだ。それが今では世界で販売台数1位2位を争う大企業、素晴らしいよね。勝因はとにかく壊れない品質の良さに尽きる。すぐ壊れるアメ車に比べたら話しにならない。そんな評価は口コミで広がると一気に躍進していったのだ。あまり広告やプレゼンが得意ではない日本人だが黙っていいもの作り続ける姿勢はちゃんとわかっていただけるものだと思う。男は黙って黒ラベルなんてCMがあったが、自分が信じているものは何を言われてもブレちゃいけないなと思うのであります。