僕はまた引越しをした。つまり職場が変わったのだ。同じ場所になかなか定着出来ない性格なのか運命なのかは自分でもよく分からない。兎に角また引越しをした。同じ派遣会社で派遣先だけが変わっだけだ。こんな歳になりながら未だにフラフラとしている自分に半ば呆れているし、社会の底の底で息をしている感覚にも慣れてきた。慣れたくないが。
切れ目なく次の仕事が決まっていても有給などで引越し準備を含め、ある程度の時間が空く。僕はこのことをよく知っている。何度も経験しているから。この空いた時間を割と大切にしている。何故ならこの時間に大切なものに出会ったり、自分を振り返ったり、流れに流されて止まらないロボットのような体を休ませることが出来るからだ。
吸い込まれるように本屋に行った。
僕が買った「ボクたちはみんな大人になれなかった」の値段は1300円。すぐ読んだ。すごく読んだ。なんて安い本だと思った。小説なのに小説じゃなかったし、小説じゃないのに小説みたいな自分でも何を言っているかわからない、作者「燃え殻」さんの記録と記憶がぎっちりと、みっしりと、ねっちょりと、詰まっていて読んでいるこちらをアッと言う間にあちら側に連れていき、古い映画館の席に座らせ、強制的に今まで観たことのない本物の恋愛映画を4点シートベルト付きで観せられた気分になった。
古い映画館に4点シートベルトは似合わない筈なのに、読み終わった後シートベルトを撫でたくなった。これが無かったら帰ってこれない感じがしたからだ。
本当のこと、その人の思い出、整理したい記憶、忘れられない人、これからの道。
つい最近みたyou tube動画で元2ch管理人ひろゆき氏がこんなことを言っていた。「あのー、記憶力がいい人ってのは不幸な人が多いんですよ。動物として怪我をしたら次から気をつけるように、こころが傷ついても同じように気をつけて次からはそうならないように、そうなった原因を記憶する。だから記憶力がいい人ってのは不幸な人が多い。」と。
いつもの様にひょうひょうと話されていたので一瞬スルーしかけたが、いやそれ俺じゃん。つかかなり多くのひとは当てはまるのではないだろうか。嫌なことを忘れられるほどの幸せを感じていない方、自信のない方、どんな尺度から自分を見ても少し低い位置にいる感覚。なんとなく典型的な日本人にも見えなくないし、少しロシア人にも見えなくない。
暗い国民性の文学は優れているように映るのは何故だろうか?実際この二つの国の文学は優れていよう。
もしかしたら寒い冬が記憶力をDNAレベルで強くさせているのかもしれない。
ただこんなに別れた昔の恋人を心の底から尊敬できる人は何人いるだろうか?はじめから最後までそのリスペクトはページから滲み出ていた。
ダニーボイルにも感じた感覚があった。「あっこの人すごく優しい人だ。」ずっと優しい匂いは消えなかった。
人の人生はすべて純文学かもしれないと思った。別に値段をつけて売るつもりもなく、かと言って雑に整理するわけにもいかない。そこまで人は強くないのだ。人前では話したくない嫌な記憶や思い出も書き出すと不思議にプラスに変化してしまう法則を数学者は見つけただろうか?見つけても証明はできまい。
昔の自分が強制的に蘇ってきたり、忘れていた傷に塩を塗られる感覚に襲われる場合もあるので注意が必要ですとは帯に書いてなかった。ただ読み終わると今自分に大切な人や昔の大切な人のことを今よりずっと愛しく思える。大事にしようと思うんだ。