2016年4月10日日曜日

Friend

カジノでも追い返される穴開きジーンズで約束の時間20分も早くそのお店についた。

開店前の店内は薄暗く、厨房ではあわただしく仕込みが行われている。テーブル席に案内されるとすぐに面接が始まった。

厨房のほうからウエイトレスが集まってひそひそ話をしながらかわるがわるこちらを覗いている。

レジュメを取り出すと「あーそれいらないよ、」と言われ「君、名前は?」「飲食店経験ある?」「歳は?」「ワーホリ?」「ビザいつまで?」と連続で質問され適当に返事をしていると「じゃー明日からきて」と5分もしないうちに仕事が決まってしまった。

どんな仕事でも断られるより受かるほうが嬉しいわけで、その日はバックパッカーの知り合いと酒を飲んだ。

初日「あなたはニホンジンですか?」とチーフウェイターのチョウさんが片言の日本語で話しかけくる。僕が答えると。

「アナタヤラシイ、イク、イク」

「いや俺は言わないっすよチーフ」

「ソウソウ、アナタイワナイ、アナタイワセル、イク、イク、イワセル」

「いや言わせないですよ、それビデオの見すぎです。チーフ」

「ニホンのビデオ、サイコウです。アナタニホンジン、サイコウです。アリガト」

他のスタッフは爆笑している。

日本人は4~5人で後のスタッフはみな中国人だった。オーナーも中国人、チーフシェフのカンさんも中国人、ベテランシェフのアサイさんは完全に日本人の名前でありながら中国人という変化球をほうりこんでくるしまつ。

チョウさんは色白でモテそうな顔をしているにも関わらず、とにかくエロイし面白いことを言っては皆を笑わせた。

ワーキングホリデービザの期限は1年間しかない為、パートタイムジョブで働く人の入れ替わりが激しい。ようするに3カ月働いて旅費が貯まればみなゴールドコーストとかニュージーランドとかエアーズロックに旅に出ていくのだ。

日本人女性が面接に来たりすればもう大変で、チョウさんをはじめ野郎どもがキッチンから団子6兄弟ぐらいで覗きチェックが入るのである。彼らは日本人女性に目がないようだ。ある種のブランド化している、日本におけるJKブランドに近い。

その女性が入るやいなや、ほとんどセクハラ級の下ネタでグイグイせめてはベテランウエイトレスのユウコさんに怒られるというコントをほぼ毎日のように繰り返すのである。

1ヶ月もたつと仕事も慣れ人間関係も少しずつ出来てきた。

チーフシェフのカンさんは熱い男だ。サモハンキンポーを思わせる太った体に太い眉毛の下にある鋭い目。

「いいかヒロ、お前はやる気もあるしセンスもいい、もっと練習してチーフになるんだ。俺なんか若い時は仕事がはじまる前と仕事が終わったあともキッチンに残って、フライパンにタオルを入れてそれを返す練習を毎日してたんだ。ここにいる連中はみなこの仕事をどこか馬鹿にしてる。こんな仕事いっときのものとどっかで思ってる。だからあれだけいい加減な仕事が出来るんだ。そりゃどんなに頑張っても時給はだいたい一緒だ。だから人間手を抜きたくなる。けどなそれじゃダメだ。ダメなんだよ!」

と真剣な顔で言ってくる。

僕は英語がわからない振りをしてその場を誤魔化した。

ちょっとした罪悪感と共にセントラル駅で電車を待ってる間、考えてしまう。彼の言っていたことは正論だった。僕も正直このバイトが一生の仕事になるとは考えていなかったしどこかいい加減な気持ちもあった。チョウさんが笑わせてくれるから自分から笑わせなくてもいいし、アサイさんはほとんど口を開かないが黙々と仕事をこなした後、いつも僕を先に休憩に行かせてくれたり、ミスをしても必ずフォローしてくれてかつ何にも言わない優しい人、ベテランのユウコさんも僕が難しい顔をしているとチョウさんを使って僕を会話に巻き込んで無理矢理に元気をくれるのである。みんないい人だ。ただみんな熱い男カンさんのことは嫌いだった。カンさんは悪い人じゃない。頑張り屋さんだ。頑張るから頑張らない人が嫌いなんだろう。そして嫌われてしまう。僕はなんだか気の毒に感じた。悪い人がいなくても、いい人ばかりでも世の中はなかなかうまくいかないものだと教えてもらった気がする。

電車の窓から夜の街を眺めながらチョウさんの「イク、イク」を思い出してまたニヤニヤしてしまう。なんだか楽しくなってきた。続く

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