世の中の間と書いて世間。
調べてみたら実は仏教用語らしい。このように日本語には仏教から用いられている言葉が沢山ある。
意味は一般的に使われている世間=社会ではなく、サンスクリット語で「砕く」と意味する言葉が由来で、うつろいかわりゆく世の中で下らない差別にこだわって生きている社会を否定的に意味する。
まあ、仏教の話しは終わらない歌より終わらないのでやめとく。
世間の目とか世間が気になるとかよく聞くじゃないですか。最近の若い子なら「普通」って言葉もこの世間に近い意味になっているのかもしれない。
世の中の間ってなんなんでしょうね?
あんまり好きじゃないけど苫米地さんが動画でこんなことを言ってました。
「台風を指でさして示せと言われてもはそれは無理だ」
これなるほどなと思ったんです。まあ、台風じゃなくても風でも同じなんですが、物質的に目に見えない自然現象を指で示すことは不可能なんです当たり前ですが、しかし確実にある現象というのはわかっているのでその状態に言葉を当てはめていると。
ほんで僕はこの世間ってのも同じように目には見えないけど確実にある状態という部分が似てるなと思ったんです。
なんかお化けを連想しちゃうんですが、触れることはできないが確実にある世の中の間、世間。
2chとかSNSなんかはある意味この世間をある程度可視化したサービスかもしれない。
けど、世間って仏教用語ではダメな世界、破壊されるべき世界として使われていた言葉らしいのですが、僕も同じように考えます。
いや、この世の中を破壊したいとかテロリストを支持してるとかそういうことじゃないですよ。
要するに気にする価値がそこにあるのか?ってことなんす。
ビジネスの世界では多いに関係してくるので勿論気にしないと仕事にならんでしょ。しかし生きていく上で仕事だけが人生の全てではない。
世間の目なんてあるようでないし、そもそもそんなに注目なんてされてないでしょw誰もあなたや私なんて見てないっすよ。
何故か見られてる気がするのが面白いところ。流行りとかもそう、細眉から太眉にかわったから眉毛欲しいってのもなんなんだろうなと思うわけですよ。
あなたが大事な決定を下す時にこの「世間」ってものからどれだけ離れて考えられるかって事が凄く重要な要素だと思うんです。それは自らの目で判断し、自らの頭で考えて行動するということなんです。
だから僕はどんなに歳を重ねても「世の中こういうもの」なんて言わないし思ったこともないですね、だって関係ないんだもん世間とかw
世間の目を気にして生きている人はその世間からなんか恩恵を受けているんでしょうかね?なんにもないよね多分、いや絶対ない。
なにも破天荒に生きようなんて言わないですよ、けど実体もない世間に囚われて生きるより自らの考えで生きていくほうが楽だし楽しいよと。
世間てのはテレビと一緒で見なかったら見なかったでぜんぜん平気なもんですよ。
んじゃ