2016年4月10日日曜日

Friday

毎週金曜日は給料日だ。え?いや僕は勘違いしてないよ。間違いなく毎週給料日がくる。日本ぐらいじゃなかろうか、月に1回の給料日なんて。今じゃ考えられない月に1回って。

僕は勿論、経済なんて詳しくないし、そんなに興味はないのだけど、給料日を欧米と同じように毎週にするだけで消費は間違いなく良くなると思うけどね。だって使っちゃうでしょ、どうせ来週また給料日がくるんだから。

Fridayは特別な日だ。スタッフ全員の機嫌がいい。誰かが犠牲になってスポンジ役にならなくても、昨日まで大喧嘩していた者も、みんな朝からニコニコだ。

新人のトシ君とサチコさんの歓迎会を兼ねて飲みに行くことになった。何故か中国人スタッフは呼ばないでというベテラン日本人軍団の強い要望により、この会は秘密裏に計画されていた。僕はそのへんが気に入らなかったが、信用していたユウコさんの誘いを断ることはできず、まあ、酔った勢いで年齢に関係なく何々人は呼ばないでなんてふざけた事を言っている日本人に説教でもしてやろうかと生意気全開でのぞむ事にしたのだった。

カラオケボックスは至るところにある、僕としてはせっかく英国系の国に来ているのにpool bar にも行かないのかと思ったが、とにかく合わせた。

トシ君は同い年でイケメン、髪をうしろで結んでいる。サチコさんは美人で、明らかに歳上だとは思っていたがまさか30を越えているとは誰も気付かず、場はどよめいた。

「私から歌ってもいいですか?」とサチコさんが言うと、全員がどうぞどうぞとダチョウ倶楽部になる。当たり前だ、新人ではあるが最年長なのだから。
しかもその曲は「Automatic 」。
皆顔を見合わせる。
僕も知っていた、お母さんが宇多田ヒカルを好きでよく聞いていたから。

「七回目のベルで受話器をとった君♪」

その場にいた全員の目が点になった。完璧な歌いだしに口を開けているものまでいる。そのうまさは単に歌が上手いを越えていて完全に世界を持っていてそれを表現していたのだ。

ハーピーに魅了された人間達が次々にリクエストをしてさらに魅了されていく様をみながら、多少飽きてきた僕はトシ君と話し込んでいた。

「ヒロさん聞いて下さいよ。僕こっちにきてまだ2週間くらいなんすけど、さっそく差別的なことされたんですよ、しかも相手が警官で、路上で職質されたんです。そして持ち物検査。んで僕小さい折り畳み式のナイフ持ってたんです。それが見つかって、何だこれは?って問い詰められてたんだと思うんですけど僕英語わからなくて、怖くて泣きそうになってたら横にいた女警官が止めてくれて、なんとかその場は大丈夫だったんですけど、あの女の人いなかったら僕なにされていたかわからないですよ。警官て市民を守るものじゃないですか、こんなの絶対おかしいですよ」

僕は楽しい筈のfridayでだんだん機嫌が悪くなるのを感じていた。中国人スタッフは呼ばないでもハーピーの歌もトシ君の話しも全部下らなくなっていった。

「トシ君さあ、まだ2週間だから仕方ないかもしれないけどね。なんか勘違いしてるかもしれないよ。まずここは日本じゃない。公用語も英語だ。日本じゃないってことは日本の常識は一切通用しない。当たり前だけどね。言葉から違うんだ。嫌なら帰ればいい。差別ってのはあるんだよ、いや勿論賛成しないよ俺だって、今だって中国人スタッフ呼ばないことにムカついているぐらいだ、けどここにあるんだよ差別は、まずそこを認めたほうがいい。差別の存在を認めることと差別を推奨することは違うんだ。トシ君はまだ良かったと思うべきだね、俺がみたアメリカの光景に比べたら。白人警官が倒れているホームレスの黒人を警棒で骨が折れたんじゃないかってぐらい殴り続けたんだぜ、目の前で。警官は市民を守るためにある?俺が一番気を付けているのはギャングよりも警官だよオフィサーだ。俺の服装みてみなよボロい服だろ、できるだけ目立たないように気を使ってる、できるだけこっちで服を買うようにしてる、できるだけ現地に馴染むようにしている、できるだけ英語を早く覚えるように独学だけど勉強してきた、できるだけトラブルを避けるように背中に目をつけて歩いているよ。トシ君は何かそのできるだけをしているのかい?」

ちょっと意地悪だったとは思ったけど、こんなんで目を冷ましてくれたら御の字だと思った。

気がつくとハーピーの歌声が消えていて、すすり泣く声が聞こえてくる。

ハーピーは泣いていた。

サチコさんにはどうやら歴史があるようだ。暗い歴史が。

続く。

Friend

カジノでも追い返される穴開きジーンズで約束の時間20分も早くそのお店についた。

開店前の店内は薄暗く、厨房ではあわただしく仕込みが行われている。テーブル席に案内されるとすぐに面接が始まった。

厨房のほうからウエイトレスが集まってひそひそ話をしながらかわるがわるこちらを覗いている。

レジュメを取り出すと「あーそれいらないよ、」と言われ「君、名前は?」「飲食店経験ある?」「歳は?」「ワーホリ?」「ビザいつまで?」と連続で質問され適当に返事をしていると「じゃー明日からきて」と5分もしないうちに仕事が決まってしまった。

どんな仕事でも断られるより受かるほうが嬉しいわけで、その日はバックパッカーの知り合いと酒を飲んだ。

初日「あなたはニホンジンですか?」とチーフウェイターのチョウさんが片言の日本語で話しかけくる。僕が答えると。

「アナタヤラシイ、イク、イク」

「いや俺は言わないっすよチーフ」

「ソウソウ、アナタイワナイ、アナタイワセル、イク、イク、イワセル」

「いや言わせないですよ、それビデオの見すぎです。チーフ」

「ニホンのビデオ、サイコウです。アナタニホンジン、サイコウです。アリガト」

他のスタッフは爆笑している。

日本人は4~5人で後のスタッフはみな中国人だった。オーナーも中国人、チーフシェフのカンさんも中国人、ベテランシェフのアサイさんは完全に日本人の名前でありながら中国人という変化球をほうりこんでくるしまつ。

チョウさんは色白でモテそうな顔をしているにも関わらず、とにかくエロイし面白いことを言っては皆を笑わせた。

ワーキングホリデービザの期限は1年間しかない為、パートタイムジョブで働く人の入れ替わりが激しい。ようするに3カ月働いて旅費が貯まればみなゴールドコーストとかニュージーランドとかエアーズロックに旅に出ていくのだ。

日本人女性が面接に来たりすればもう大変で、チョウさんをはじめ野郎どもがキッチンから団子6兄弟ぐらいで覗きチェックが入るのである。彼らは日本人女性に目がないようだ。ある種のブランド化している、日本におけるJKブランドに近い。

その女性が入るやいなや、ほとんどセクハラ級の下ネタでグイグイせめてはベテランウエイトレスのユウコさんに怒られるというコントをほぼ毎日のように繰り返すのである。

1ヶ月もたつと仕事も慣れ人間関係も少しずつ出来てきた。

チーフシェフのカンさんは熱い男だ。サモハンキンポーを思わせる太った体に太い眉毛の下にある鋭い目。

「いいかヒロ、お前はやる気もあるしセンスもいい、もっと練習してチーフになるんだ。俺なんか若い時は仕事がはじまる前と仕事が終わったあともキッチンに残って、フライパンにタオルを入れてそれを返す練習を毎日してたんだ。ここにいる連中はみなこの仕事をどこか馬鹿にしてる。こんな仕事いっときのものとどっかで思ってる。だからあれだけいい加減な仕事が出来るんだ。そりゃどんなに頑張っても時給はだいたい一緒だ。だから人間手を抜きたくなる。けどなそれじゃダメだ。ダメなんだよ!」

と真剣な顔で言ってくる。

僕は英語がわからない振りをしてその場を誤魔化した。

ちょっとした罪悪感と共にセントラル駅で電車を待ってる間、考えてしまう。彼の言っていたことは正論だった。僕も正直このバイトが一生の仕事になるとは考えていなかったしどこかいい加減な気持ちもあった。チョウさんが笑わせてくれるから自分から笑わせなくてもいいし、アサイさんはほとんど口を開かないが黙々と仕事をこなした後、いつも僕を先に休憩に行かせてくれたり、ミスをしても必ずフォローしてくれてかつ何にも言わない優しい人、ベテランのユウコさんも僕が難しい顔をしているとチョウさんを使って僕を会話に巻き込んで無理矢理に元気をくれるのである。みんないい人だ。ただみんな熱い男カンさんのことは嫌いだった。カンさんは悪い人じゃない。頑張り屋さんだ。頑張るから頑張らない人が嫌いなんだろう。そして嫌われてしまう。僕はなんだか気の毒に感じた。悪い人がいなくても、いい人ばかりでも世の中はなかなかうまくいかないものだと教えてもらった気がする。

電車の窓から夜の街を眺めながらチョウさんの「イク、イク」を思い出してまたニヤニヤしてしまう。なんだか楽しくなってきた。続く