とうとう使用中止になっちゃったね。
はじめに言っときますが私はデザインだとかアートとか大してわからないですよ、まったくの素人なんでね。しかし、いろいろな事を思わせてくれたり考えさせられる今回の問題について素人の目線で普通に"独り言"を言ってもバチはあたらんでしょ。
事の経緯や事実関係については散々炎上してましたので(約1ヶ月燃え続けた)省きます。
デザインってなあに?って聞かれると困るんですけど、いろいろ既存にあるマークやロゴを思い出したほうがいいと思うんすよ。例えば国旗とか水戸黄門の印籠とか大手スポーツメーカーのロゴとか。
共通して見えてくるものがある筈なんです。
まあ、シンプルなんですよ。いらない情報を削ぎに削いで "んーもうこれ以上削げませんお父ちゃん辞めてあげて!"ってなるまで削ぎ落とされたデザイン。
個人的には日本の"日の丸"ヤバいなあってはじめて見た時から思ってたんです。あれカッコ良すぎるでしょ。何あのシンプルさ、何あの真っ赤な丸、何あの色合い、真っ白に真っ赤な丸。完璧だよね。なんにも知らなくても日いずる国だなあって思わせる力。一撃で記憶させるでしょ。
プラトンが生きてたら日本の国旗は「イデア」そのものだとか言われるんじゃないかと思う。
とまあ、シンプルイズバストいやベストなんです。
バストで思い出したけどもしや男性が大好きなオッパイってあのシンプルなデザインからくるものなのか?(あほすぎ)
ようはシンプルでいいデザインは飽きないし愛されるし、それでいてその対称をきちんと表しているというものだと勝手に思ってるんす。
対称となるものが小さければ情報を多目に、逆に対称となるものが大きくなればなるだけシンプルに。
今回も対称となるのは2020年東京オリンピックだ。デカイ。けど今回の一件でかなり引きずり下ろされた感じはするけど、腐ってもタイで、今もなお世界的スポーツイベントであることにはかわりないのである。
これのロゴを作るのだ。デザイナーにとっては生涯をかけての仕事になるよね。だって採用されたら半端ないし自身のキャリアとしてもデカイ。
何かデザインを発注するのって自分や自分の会社じゃわからないから専門化に頼もうかとなるわけで、その時にそもそもわからないから誰に頼んでいいかもわからないわけだ。そんな時、「社長、このデザイナーは2020東京オリンピックのエンブレムを作った人です」って言って断る社長はそういないだろう。
だから力が入るし、力を入れてシンプルにする必要がある削ぐ力も自然と大きくなります。
以前カンブリア宮殿で日清が紹介されていた。日清の社長は毎日必ず新商品を数本食べてキツイダメ出しをしている。その時の台詞「これ、上手すぎるぞダメだ」さいしょ、は?ってなったけど、ようは上手すぎる=味が濃い、味が濃い=飽きる、飽きる=毎日食べて貰えない。ということでガッツリ怒られてました。
美人は三日で飽きるにも通じるこの社長の言葉わかるっす。
しかしシンプルにするとどういうことが起こるかと言うと、まさに今回のような事案に出くわしてしまうんです。嫌でも似てしまう。本人が意図していてもいなくても似てしまうのだ。
本来、人が似たようなことを思い付いたり創造することは別に悪いことでもなんでもなくむしろ海をこえて通じあってる微笑ましい光景の筈が物凄いどす黒いものに見えてしまうのはやはり「金」であろう。
近代の資本主義イケイケドンドンの世界情勢はとどまるところを知らない。もともと社会主義の国までも資本主義を取り入れて大変なことになっているからだ。
ここではピケティみたいな経済論は辞めておくが、今回の一件には多額のスポンサー料や五輪にまつわる利権が大きく関わっていることを認めざるをえない。
2chの中身も、エンブレムが似ているか似ていないかよりその選考過程や利権といったワードが増えてから勢いが加速していた。
会見でもあった「一般国民の理解をえられない」って言葉。これ結構アレだよねwww
きわどい発言だと思うんだなあオジサンは。一般じゃない国民は理解しているとでも言うのだろうか?一般じゃない国民ってそもそも誰を指しているのか?デザインの専門化のことだろうか?はたまた大手スポンサーのことなのだろうか?
だったらそいつらだけでやったらええやん税金一銭も使わんと。誰も見に行かないところでテレビも放送しないでやったらええやん。それやったらなんぼでも好きにやったらええやん、誰のどんなデザインだろうとだーれも文句でーへんし。
この「一般国民の理解をえられない」って発言はなかなかなアレなんだ。
お前らアホなんだから黙っとけともとれるし、ますますオリンピックの成功からは遠退いてしまった感じをうけますな。
そもそもみんなから愛されるデザインを考えるのがデザイナーのプロとしての仕事なんじゃないの?そしてそれをきちんと選考するのが組織委員会の役割なんじゃないの?俺デザイナーでもなんでもないから知らないけどさ。
選考とか審査員ってものがまったく信用できないってのも問題だよな。
M1や漫才の審査員もやんや言われてる昨今、インターネット社会における開かれた選考や審査ってものを考え直す時期にきているかもしれない。
そう考えると選挙って面白いよね昔はそれこそブラックな金とのイメージが強くあったが、より多くの人が支持する人を選ぶというシンプルな選考過程は納得がいく。
昭和ならなんともなくうまく根回ししてうやむやに進めることは出来たかもしれない、しかし今はネット社会バリバリの平成。目につくところに立つ人は穴があくほど見られていることを忘れてはならない。実際に今回は穴があいてしまったのだから。
今回は選考に関わった組織委員会の罪は重いと思うよ、最終的に言い逃れできるよう「本人が」ってことになっているのは間違いなく誰かが書いたシナリオだろ。なんせデカイ金が絡む、面の皮が厚いったらありゃしない。
今、この状況でオリンピックロゴの仕事をしようと思う勇気ある猛者はどれだけいるのだろうか?一般の人ならいてもおかしくないけどプロの人なら少しおかしいかもねと思ってしまうほど状況が異常なのだ。間違って選ばれたら大変なことになるのが目に見えてる。
こんな異常事態ではたして新しいエンブレムはできるのだろうか?
もし、起死回生イメージアップをはかるならできるだけ「金」から離す必要があると思うな。例えば小学生の子供に作らせるとか。
まあ、どうなるかわからないけどいずれにしてもオリンピック自体、だんだんと民意から離れて一人歩きしているのだと思う。
次こそは一般国民の理解がえられるものになって欲しいものですな。