ヒロの母と宗は落ち着きがなかった。この日ほど献立に迷った日はないのだ。前日に突然聞かされた話しを整理するまもなく時間だけが過ぎ、何がベストなのかわからないまま宗と買い物に行っていた。
「お母さんカレーにしようよ」
「何言ってるのよ刺激物はダメよ胃に優しくて食べやすいものじゃないと」
「お母さんのカレー甘いじゃん」
「いいから黙って」
「ちぇ」
夕暮れのスーパーは賑わっていた。考え事をしている母の隙をみてはチョコレートやお菓子を入れ「宗ちゃん」と怒られていた。
結局考えるのも面倒になったのか、いろいろ適当に揃え「鍋」にすることになった。
焦ってしまったのか、予定時間よりかなり早く準備が整ってしまい暇をもて余した宗が豆腐をツンツンしはじめる。
息子の彼女なのか何者なのかという興味と不安が入り交じり気が気ではない。しかし母は強しでドッシリ構えることとすることで少しは落ち着きを取り戻しつつあったのだが、アパートの階段を誰かが上がってくる音がする度に「ふぇ」という変な声を出しては起き上がり「隣りかよ!」とテレビの前に座り直すを繰り返していた。テレビのチャンネルはNHKの「心の時代」で、お坊さんがいろいろと話しをしている。
「お母さんチャンネルかえていい?」
画面から目をはなさずリモコンを黙って宗に渡した。宗は首をかしげながらアニメ番組にあわせると母の膝の上に乗って腕を自分の体に巻きつけた。
「ちょっと宗ちゃん頭臭いよ」
「臭くない!」
すると階段を上がる二人の足音が聞こえるやいなや勢いよく立ち上がり玄関に向かった。
弾き飛ばされた宗はなんとか受け身をとってすぐに立ち上がると走って母を追いかける。
小さい小さい覗き穴に親子揃って顔を近づいた。ごちゃごちゃと顔の領土権をお互いが主張していると。
ガチャとドアが開いてしまった。
勢いよく飛び出してしまった二人は苦笑いしながら「お、おかえり」というとヒロとセッチャンを先に部屋に入れた。
僕は簡単に母と宗を紹介して席についた。僕は母の緊張を感じてしまい余計に緊張してしまう。変な事を言ったりしたりしないか心配になった。
「はじめましてセッチャン」と母が言うとセッチャンはこくりと頭を下げた。
「いやあセッチャンって」とまだ何か言いそうな空気があって「母さん!」とすぐに止めた。「はいはいすいませんでした、なにさねえ」と母はセッチャンに相槌を求めた。
セッチャンは少しだけ笑っていた。
時間はあっという間過ぎていき宗は新しいお姉ちゃんが出来たように甘え、母はすっかりセッチャンを気に入り僕の昔のアルバムを出して昔の僕を二人で貶したりした。
僕はセッチャンをおくる帰り道、新聞屋の先輩を思っていた。いつも一人で黙々と仕事をして終わるとサッサと帰る。まわりはみんな煙たがって話しかけやしない。けどまったく気にしてない。
頭の中でThe Fool on the hillが流れはじめた。
大事な話しをする相手、大事な話しをできる相手は時に変人だったりするのかもしれない。
僕のお腹にしがみつくセッチャンが「ありがとう」と言った。僕はセッチャンの手を触って「僕はなにもしてないよ」と答えた。本当に何もしていなかった。
彼女を見送ると、2往復目の自転車がなんだか疲れてきて押して歩く。やっとの思いで家につくとすぐに寝てしまった。明日もまた配達があるのだ。
休もうかどうかを悩むほど疲れていたが仕事は行くことにした。学校はわからない。しかしその日の仕事は休んだほうが良かったと思った。とんでもない人がラブホテルから出てくるのを目撃してしまったからだ。
続く