もうひとつの芥川賞受賞作品スクラップアンドビルド。
火花を読んでしまったので流れで読んだのだが、僕には無理だった。まるでマクドナルドのアボガドバーガーが不味すぎて最終的にアボガドを取って食べた時ぐらい無理だった。
僕は小さい頃からキュウリが嫌いで嫌いで仕方なく、その青臭い系統の延長にあるメロンも嫌い。しかし、大人になるにつれメロンは口にしても吐かなくなったがキュウリはいまだに吐き気がするのだ。多分僕の脳が勝手にキュウリの匂いを毒だと認識してしまったらしい。
1度でも毒だと認識してまうと体は正直なので厄介だ。
おかげで冷やし中華までキュウリに汚染されてしまった毒になってしまうんだ。冷やし中華なんてうまいものを毒だなんて、不幸な奴と思われるかもしれない。しかしキュウリに1度汚染されたものの除染作業はなかなかうまく行かないのだよワトソン君。
さすがに毒とまでは言わないが小説も合う合わないがあると思うのだ。そりゃあそうだ人間だもの。
んでもって今回のスクラップアンドビルド、かなりキツイ立ち上がりから中盤にかけて我慢して我慢して読み進めてもずーと辛いw
どんなに耐え難きを耐えても光をくれないのだ。はやくはやく話しをドライブさせてくれとどんなに願ってもそれは叶わぬ夢になっていった。
もしかして俺が馬鹿すぎて理解できていないのではないかとレビューを何個か調べて読んだのだが、そこで僕が読んだレビューには「読んでいていろいろ考えさせられる」とか「勉強になる」なんて書かれていて、何言ってんだこいつら?と思ってしまった。
いやいやあんたら読んだの小説やろが!社会学者が書いた本ならわかんねん、なんで、小説よんで勉強になるとか、勉強したかったらちゃんとそういう本あるやろ。だいたい考えさせられるとか勉強になるとか滅茶苦茶冷静な理性的なコメントをレビューに書かれるということはひとつも感情を揺さぶられていない証拠ではないか?(関係ないが最近エビデンスって使う奴多いやろ俺あれ嫌いやねんw)
まあ、僕が思う面白い小説の条件みたいのがあって、そのうちの一つにこちらの感情を鷲掴みにして話の世界に連れてってくれるものというのがある。
まずそこから外れてしまった。いっこうに僕の感情を鷲掴みにしてくれないのだ。終止冷静なまま、ホリエモンが一時期流行らせた想定内から外れないのである。残念ながら今回の作品は自分の枠内で処理できてしまうもので、そうなってしまうともはや僕にとって小説ではなく説明書にすぎない。
説明書を真剣に全部読んだことがある人はいるだろうか?
いないよね?人は何故説明書を読まないのか?読んでもわからないからというのも答えのひとつかもしれない、あと面白くもなんともないしなんの役にも立たないよね。必要に応じてわからない部分だけ読むことはあるかもしれないが、それ以外も全て読む人はいないでしょ。
スクラップアンドビルドは介護という問題と祖父と主人公の関係性について書かれている。
僕の彼女はケアマネの試験勉強をしている介護士だし、姉二人は看護士である。そして僕のブログで3番目に読まれている→ 父親の看取り。 http://wataken222.blogspot.com/2015/05/blog-post.html
これらの経験や彼女との会話、姉の話し、非常に身近な話しである。身近な話しを小説にすることを狙ったものかもしれないが、自分なりに処理しているものの枠をでることはなかった。
まだそういった経験をしていない若い人達にはいい小説かもしれないが僕には合いませんでした。
読んでいて、ちょいちょい主人公と彼女との性描写が出てくる。これいる?って感じなんだが、なかなかリアルでなんか読めてしまった。セックスをテーマにした内容なら読めるかもと思いましたね。アレ?ぜんぜんフォローになっていないか?
なんか羽田君て変態そうなんだよなあw写真も文章もwそっちのテーマのが良かったんじゃね?と芥川賞を受賞している凄い作品にケチをつけるワタケンでした。
あっ樋口さんの「さらば雑司ヶ谷」のがダブルスコアで面白かったですwww