2015年3月7日土曜日

「道ありき」三浦綾子さん

ちーす。

僕は映画が好きです。映画の紹介はまた続きとして沢山書いていくのでまた読んでくださいまし。

映画が好きすぎて海外に行ったり、映画が好きすぎてあらゆるジャンルの本を読んだり、雑学が堪らなく好きでそれは子供の頃からでした。

いつか、映画を撮ってみたいと思ってます。笑われるかもしれませんが今なら簡単にできますよねyou tube とかでも。

まあ、今日は映画をより楽しむ為にいろいろ読んだ本の中でかなり印象に残った本、「道ありき」を紹介させてくんろ。

これは、たまたま実家にあった本でいつ読んだかも覚えていないぐらい昔に読みました

作者は三浦綾子さん。

知ってますかね?

あの「氷点」の作者です。とは言え私は氷点を読んでもいないし映画もドラマも観てません。

だから三浦綾子ファンでもなんでもないんです。

僕の地元、旭川には三浦綾子記念館があります。たま~に観光バスがくるくらい、ひっそりとそこにあります。

この「道ありき」という本は彼女の自叙伝でありノンフィクションです。

あまりの壮絶さに絶句する人生を歩んでこられた方だと読んだ方なら誰もが思うはず。

そう人生自体が小説のような人ですね。

事実は小説より奇なり。まさにこれ。

皆さんも昨日と今日がまったく違う日を過ごした経験をお持ちでしょう。

人生の節目というか、入学、卒業、就職、旅行、引っ越し、結婚、離婚、葬式などなど。

昨日と今日がまったく違う日。

三浦さんの人生ではここに終戦が入るんす。

三浦さんだけではないですがあの時代に生きていた方は全員そうなるんですが、ただ三浦さんは学校の先生だったんですね。

この辺の話しとかは「え?マジで?」ってなるような凄い話しが物凄くリアルに書かれていてビビります。

リアルにって元々本当の話しなんですが、あまりにも戦争映画だ反戦映画なるものが作られた美しさを押し売りしてくるので、「リアルに」と表現させてもらいました。勿論それらに対する皮肉です。

ようは生の戦中戦後がそこにはっきりとまるで写真かビデオとかで撮影されたかのような「生の」文章が淡々と書かれていて、僕の目は開きっぱなしでガン見状態になりました。

戦中戦後に何があったかは、後に語られる映画や教科書にはまるでないんですよいわいる「本当の話し」が。

結局、国や偉い人達の作られた物ばかりはっきり言って洗脳ですな、戦前も洗脳して戦後も洗脳するんですよ。

そんな時代に振り回されながら、もがき苦しむ人達の日常は強烈なものがあります。

勿論、タモリがテレビで言っていたように戦後70年を振り返った時(タモリは70歳戦後の年に生まれている)そこまで悲惨ではなかったと話しをしてる。これもまた事実。

タイミングの差でかなりの違いはある。

三浦さんは昨日まで使っていた教科書に墨を入れるよう命じられ、子供たちと一緒に墨を入れるのです。その時の精神的ショックと心理をリアルに書かれている。

昨日まで子供たちに教えてきた教師として信じてきた物に墨を入れるという行為がいかに彼女の精神を破壊したかは読めば簡単に理解できる。強烈なシーンでまるで映画そのままなんです。

彼女はよくそこまでさらけ出せるなと思うぐらい自分自身のことを書いている。

その後教師を辞め、仕事もせずに飲みあるき、行きずりの男と数知れず交わっていったと書いている。

今の言葉で簡単に言えば「ビッチじゃん」となると思うが、ぜんぜんわからなくないのです。

局所的に見れば有り得ないような不自然も距離をおいて見ると自然とそうなっていく様子が生々しく書かれている。

彼女はクリスチャンとしても有名なのだが、その辺の経緯もよく書かれていて一気に読んでしまった。

僕はこの本を読み終わった時、しばらく立てなかった。

感動とか感激とかも越えた強烈なものを人の記憶から得たような気がした。

活字からのエネルギーを処理できないでいたんだと思う。

映画でもたまに立てなくなることはありますが、この本はヤバかった。

彼女の数奇な運命は小説より映画より奇妙で、ありのままの弱い人間が傷だらけの体を裸のまま歩いていく様子に人は何を思うのだろうか。

奇跡ってのはなんなのか?ともふと思う。

人として産まれる事自体、奇跡だとすれば人はみな奇跡の連続で動いてるのかもしれない。

美しいってなんのなのか?

人が本当に裸になった時、一番美しいのかも知れない。

「道ありき」