2016年3月31日木曜日

友達じゃ我慢できない

僕の家は繁華街のど真ん中にあるぼろアパートだ。母が離婚してから住んでいる。もう3年はたったのだろうか。酔っぱらいが夜中暴れたり、家の前で寝込んだり、ゲロを吐いたり、喧嘩したりする。僕はあまり気にならなかったし、むしろ好きなんじゃないかと思う。

僕は人間という動物がそんなにいい生き物ではないように感じていたし、それらの光景が何故か僕を安心させてくれた。

亮くんに彼女ができたらしく学校ではよく話しするが二人で遊ぶことが減っていった。まったく気にしないと言えば嘘になるし寂しいと言えばそうなのかもしれないが、僕にはもっと気になる存在がいた。

セッチャンだ。

ラインもtwitterも知っているが殆ど会話はしない。必要最低限の業務連絡だけだ。その業務連絡も最近なくなっていった。

自分から連絡したら負けだとか恋愛における駆け引きのようなものにまったく興味はなかった。ただ連絡したければすればいいと簡単に思っていたのにダラダラと時間だけが過ぎていった。

亮くんから誘われた新聞配達をまだしている。誘った亮くんが先に辞めていた。朝早く起きるのは辛いのだけど、誰も起きていない夜中の街を自転車で走ると本来の美しさを独り占めにできたような錯覚になる。それがいつしか好きになっていた。

配達の終わりにホテル街を抜ける。この時何か嫌な感じが僕を襲う。見てはいけない人達が出てきやしないか心配になるのだ。僕がいつも読んでいる本ならセッチャンと中年男がホテルから出てくるのを偶然発見するというパターンだ。そんな想像を逆にするのは自己防衛機能を鍛えているだと思う。想像はあくまで想像でその範疇をでない。実際になってみないとわからない。だから仮定の話が僕はあまり好きじゃない。現実が逆に厳しいのはこんな本みたいな事がまったく起きない点で未来を誰にも予想させないところだ。だから起きてしまう出来事は想像をこえてしまう。

僕は彼女に何かをハッキリ伝えた訳でもないし彼女もまた何かを伝えた訳でもない。強烈な刺激と体験がそこにあっただけだ。

こんな時は確かめる以外に選択肢はないのだろう。ラインを入力しようとスマホを握る。なんて入力しようか2日考えた。お化けの100倍は怖い。むしろ落ち着かせる為にお化けを思い出したぐらいだ。

(-_-)元気?

2日考えた結果かなりシンプルな出来だった。自分で自分を改めて馬鹿だと思ったし、ほんのちょっとでも「クスっ」ってなってくれないかという期待が込められていて必死感がキモかった。

既読になるのかならないのかはto be or not to be の世界観で愚かさが全面に溢れていた。twitterでたまに見る「死にたい」という言葉の意味が少しだけわかったような気がした。

母に相談とかないと思った、ましてや親父はもっとなかった。あっと思った。新聞屋に一人だけ雰囲気の違う気になる先輩がいた。歳はいくつだろうか?30ぐらいだろうか。

この人なら鼻で笑われてもいいと感じる人だった。

既読にならずに次の日の朝、仕事を終えてから新聞屋の先輩に相談した。

缶コーヒーを買って渡す時に相談があるんですと言うと「ん、何?」とすぐに聞いてくれた。新聞屋の裏に二人で座った。
僕は包み隠さず話しをした。

「なんかいいねえ、こんな話しを聞かされるとは思ってもみなかったけど、何て言っていいか正直よくわからないなあ。相手のあることって難しいんだよね、だから俺が言うことが正しいなんて思って聞かないでね、ところでヒロくんはどうなんだろう?つまりどう思っているのだろうか?こういうのってさ、だいたいどちらも中途半端な状態だったりするんだよね。どちらかがハッキリしないと何にもわからないんだよ。勿論ハッキリしたらうまくいくとかそうじゃないんだけど、何か結果を得たいと思ったらとにかく自分の気持ちをハッキリさせる以外にないと思うよ。いい結果だけが結果じゃないしね、悪い結果でもそれは結果にかわりないんだ。結果ってのは前に進むんだ。だからいいとか悪いとか関係ないんだよ。まあ怖いって気持ちは痛いほどよくわかるけどね、楽になりたけりゃ行くしかないよな。」と言い終わるとポンっと肩を叩いてさっさと帰ってしまった。

僕は正直よくわからなかったが、怖いって気持ちはあるから多分そうなんだろうと思い、好きなのかどうかを考えてみた。ところで好きってなんだろう。

ナキミソ「友達じゃ我慢できない」https://youtu.be/ah6KTVeeSIc

ふと彼女のことを考えると不思議な現象に襲われた。何故か顔があまり思い出せないのだ。一瞬彼女もお化けだったんじゃないかと思ってしまった。何故だろう不思議でしょうがない。

いろいろ考えていたらラインの返事がきた。

(-_-)元気じゃねーよ。馬鹿

続く

2016年3月30日水曜日

Lust for life

1年以上学校で口をきいていない。熱血教師が怒鳴り散らした時も涼しい顔で無視した。その後彼は精神を病んで長い休職に入ると、ちょっかいをかけてくるものは一切いなくなった。僕は動く引きこもりだ。

ただセッチャンに出会ってから変化があった。席替えをした後隣になった亮くんがしきりに話しかけてくる。しかもセッチャンと一緒にいたところを見たと言ってくる。すこぶるめんどくさい。「ねえねえヒロ君はラインとかtwitter とかインスタとかSNSはやっていないの?」僕がやってないよと嘘を言うと「お!話してくれた。」と目が大きくなった。「いやねグルチャではこんな写メがデマわってるんだよ」と言うと僕とセッチャンが一緒に走っている写メを見せてきた。

「これ出した奴誰?」と立ち上がると亮くんは慌てて僕を座らせて「必ず僕が消させるからまずは座って」と言いおでこを手で拭いた。

「いやね一昨日ぐらいからアップされてて聞こうと思ったんだ。なんせあのヒロ君に謎のハーフ美女だからね学校のスクープネタとしてはこれ以上ないさ、今の反応でよくわかったよくわかったけどさ、僕のお願いも聞いてくれないかな画像は消させるからさあ」と言うと指2本を口に運ぶジェスチャーをした。

帰りに亮くんとびっくりドンキーに寄った。聞けば亮くんは新聞配達をしてるからと言い全部奢ってくれた。こんなにチャラチャラした感じでズカズカと他人のプライベートに入ってくる人間にしては物凄く地味で着実なバイトをしていてなんだか好感を持った。チーズバーグディッシュ300グラムを食べながら亮くんは「実はあの写メ俺が撮ったんだごめんね」と言ってきて次の瞬間気づいたら胸ぐらをつかんでいた。「ちょちょまってよすぐ消すからすぐ」と言ったので僕はゆっくり手を離した。「ホラ」と言って消した画面を見せてくれた。

ふーと大きく深呼吸すると亮くんは聞いてもいない話しを勝手にし始めた。

年のはなれた姉がいること、親が離婚していること、将来の夢がないこと、遊びたくてしょうがないこと、世の中がつまらないと思っていること。映画が好きなこと本を少し読むこと。最近ラジオをよく聞いていること。彼女と別れたばっかりで女なんか糞と思っていること。エネルギーが有り余っていること。

僕は共通項が意外に多くてびっくりドンキーでびっくりしていた。思わずボタンを押してガトーショコラを頼んだ。亮くんは笑っていた。

亮くんは帰りにヒロくんも新聞配達しない?と誘ってきた。一緒にやったらいろいろ面白いかなって。はじめ意味がわからなかったが金は欲しいし朝誰も起きていない時間というのが僕にしっくりきた。やるよと言って来週から一緒にすることになる。

Iggy popのLust for life をガンガンに鳴らしイヤホンから音がもれている。朝早く起きるのは慣れたし亮くんと一緒に仕事終わりに散々悪事を働くのが楽しみだった。ヤクルトやジョアは殆ど盗んだし、しまいにはスーパーの裏口に忍び込んで銀色のシートがかかったコンテナからいろいろな商品を盗んでは笑いながら二人で逃げた。

しばらくするとパトカーが見わりにきてできなくなると影からロケット花火で襲撃してやった。爆竹も常に装備していた。亮くんが爆竹を全部ばらして火薬をひとつにまとめたらスゲーんじゃね?といい完成するとさっそく学校のつき山で試した。導火線もかなり長く結んで離れた場所からライターで火をつけると、シュシュシュと音をたてて一気につき山の頂上へ向かって火が走っていくとボフっと鈍い音をたてて上半分が吹き飛び富士山のような火口が出来た。二人で大笑いしながら火口にションベンをした。

そのうちセッチャンにも亮くんの話しをすると今度家に連れてきてよと言われた。

僕は抵抗なく彼を連れていく。亮くんのほうが緊張していた。「いやいやヒロくんホンとにいいの?俺好きになっちゃうかもよ?」と言ってきたので「好きになれよ」と返した。

亮くんはずっとソワソワして落ち着かない。いやこんな緊張、童貞を失う前夜みたいだと訳のわからないことを言って僕を笑わせた。

セッチャンの部屋に着くと亮くんは落ち着いていつもの早口で自己紹介を終えると聞いてもいない話しでリズムをつけた。

セッチャンはコロナを3本出してきた。亮くんは飲めないと言うが二人とも首を横にふると渋々乾杯した。

噂に聞いた通り面白いねとセッチャンが言うとペーパーをひろげだした。亮くんがまた緊張した。これがあの噂のアレっすかコレッすかと騒ぎだして僕らを笑わせた。3人で吸った。

意外にも今日はmadonnaのbitch i'm madonna をかけてきた。驚いて「マドンナ聞くんだセッチャン」と言うと黙って目を閉じて両手を顔の横に挙げた。僕が「デニーロかよ!」と突っ込むと亮くんがコロナを吹き出した。

Hey man と言いながらティッシュで拭いた。亮くんはあまりキマッていない感じがして気になったから頭を解放しろとアドバイスしてあげた。

すると笑いだしたので僕とセッチャンは頷いた。ファーストラフィングが終わればこっちにこれる。スケッチブックを亮くんに手渡した。僕とセッチャンは肩を組んで腰を下ろし窓に寄りかかった。亮くんが描きはじめて5分ぐらいだろうか20分ぐらいたったのだろうか?時計がないと時間の経過がまったくわからなくなる。

亮くんがスケッチブックをこちらに向けた。僕とセッチャンが大笑いする。絵が下手だから笑ったんじゃない何故か窓の外に宇宙人を描いていたからだ。怖い怖いと笑いながら宇宙人を指差した。何度言っても「いた」と言ってきかなかった。

亮くんが仰向けで寝はじめたので、僕らはベットにうつりはじめた。madonna が終わるとIggy popになった。これ好きと言ってキスをした。

しばらくすると亮くんが脚がないと騒ぎはじめた。僕らは笑いながら脚はあるよと丁寧に説明したのに彼は絶対にないと言い張る。困った僕は彼を担いで部屋を出た。大丈夫亮くん?う、うん。歩ける?うん歩ける。なーちゃんと脚はあるだろ。ある。

あれだけ世の中つまらないと思っていたのに今はこんなに楽しい。勿論誉められたことは何ひとつしていない全部悪いこと。けどどうして善いことは楽しくないんだろう。善いことってなんだろう。亮くんを家に送ったあと少し考えていた。

続く

Under world

昨日すれ違った女の子の話しを母にした。髪をゴムでとめて化粧を落としながら「どんな顔だったの?」と興味なさげに聞かれて、答えようにも答えれなかった。ぜんぜん思い出せないのだ。「忘れた」と言うと、「もしかしてまたお化けでもみたんじゃない?」と茶化された。

去年家族で母の実家に遊びに行った。札幌の外れにあるその場所は地元でも有名な心霊スポットの近くで、母が運転するレンタカーの助手席に僕、後ろに弟が乗っていた。

まだ小学生の弟を怖がらせて楽しむ嫌な癖が母にはあった。「あっそうだ宗ちゃん、せっかくだからあの滝にいこっか」と言うやいなやハンドルを切ると実家を通りすぎて山に向かう坂道を上がった。僕も何度か行ったことのあるその滝は公園になっていて駐車場から階段を降りると滝壺まで行ける細い道がある。

北海道とは言え真夏だと言うのに空気はヒンヤリしている。相変わらずこえーなと思ったが、周りには若い男女がなん組もキャッキャ言いながら歩いていて少しだけ和らいだ。母はスタスタと滝まで歩くとスマホでガンガンに写メを取りまくっていた。多分twitterにあげるのだろう。街灯がなく真っ暗になる道中、弟は凄い力で僕のパーカーの下のほうを握っていた。やっと母に追い付いて滝壺のそばまでくると「さっ帰ろうか」とさっさと車に戻りはじめた。僕も弟の手をとり母を追った。

車に戻ると母が嬉しそうに「宗ちゃんあそこ公衆トイレあるでしょ、そこで高校生が焼身自殺したんだってえ」僕が反射的に「やめろよ」と言うと「ごめんね」と小さく謝った。

車を出して山道を降りる途中左手に大きなスペースがひろがっていて奥の方にバス停の時刻表と横にベンチがあった。ここが終点でバスがUターンできるスペースだ。夜の11時だと言うのに古い自転車が3台横に倒れているのが見えて3人の子供が遊んでいた。次の瞬間。

3人の子供が一気に道路脇にくると車スレスレまで近づき一斉に大きな万歳をした。僕はなんだ今の子供はと思って母の顔を見ると真っ青な顔をして前を向いたまま「ヒロちゃん見たの?」と言う。「え?今の子供でしょ?危ないよねあんなに近づいて」と答えると、「宗ちゃんは見たの?」と続けて聞いてきた。宗は「子供?みたよ、万歳してたやつ」 ハァと母がため息をつくと「顔思い出せないでしょ」と言われて僕と宗は凍りついた。

顔がなかったからだ。それが生まれてはじめての心霊体験になった。その日以来ことあるごとに母は真面目な顔をして「顔思い出せる?」と言っては宗を怖がらせた。

僕はあれがお化けだったのか何かの幻覚なのか正直よくわからない。ただどちらでもいいような気がした。いずれにしても退屈な毎日を変えてくれそうになかったし、どちらでもいいのであればお化けだったとしておくほうがなんか面白いかな、なんかロマンチックかなあと思い、お化けとしておくことに決めたのだった。

ただ昨日の女の子は明らかに違った。一瞬の出来事で顔を思い出せないだけで声も聞いたし、次に出会えばすぐにわかるそんな気がした。それがいつになるかわからないけど。

それは次の日にいきなりやってきた。学校の帰り道、近所の繁華街にさしかかると物凄い勢いで彼女は走っていた。こちらに向かって。

頭の中にあるiPadの画面が4分割にされ右上から順に彼女が走ってくる絵、下に彼女の手がアップされ、左上にうつると僕が手を引っ張られ最後の1枚が動き出す。気がつけば一緒に走っていた。後ろの方から「まてえまてえ」と聞こえていたが、だんだん聞こえなくなって行った。

彼女はオートロックの立派なマンションの前につくと僕から手を離しゼエゼエと息を整えた。彼女は「寄ってく?」と聞くと僕の答えも聞かず手を引いて中に入れた。

いつかのドラマや映画でみたような、ホテルのような部屋だった。使用人でも雇っているのだろうか隅々まで掃除されていて歩くのも気がひける。彼女の部屋に入ると、二人は時間を忘れて話しをした。

聞けば彼女はオーストラリア人の父と日本人の母とのハーフで1年前から日本に住んでいること、僕の二つ上の16であること、お父さんは仕事の都合でオーストラリアに戻っていること。母親も急に出張が入ったからとラインがきたこと。あまり学校生活に馴染んでないこと。さっきはドラッグストアで万引きをして逃げてきたこと。

僕はつい「なんだお化けじゃないんだ」と口を滑らせると「は?なにそれ」と鼻で笑われた。彼女はタバコに火をつけた。僕は少し驚いて「ヤンキーなの?」と聞く。しばらく間があいてから「May be」と小さく答えた。

僕と彼女の間にある大きな共通項は「つまらない」ってことと有り余るエネルギーだった。

「俺はヒロ、名前は?」と聞くと彼女は恥ずかしそうに「節子」と答えた。僕は我慢できずに吹き出した。「いっつも笑われるんだよねほんと、なんなの!」僕は丁寧に彼女の顔のほりの深さと「節子」という名前の古風な感じのギャップを説明すると「じゃあイングリッシュネームのティアでいいや」と言った。日本で新に自己紹介するなら絶対にティアにすべきだと教えた。けど僕は「セッチャン」と呼ぶことを決めたからもう遅いと伝えると彼女はおもむろにペーパーをひろげだした。

パイプをくわえたオジさんがデザインされた水色の入れ物に謎なペーパーがギッシリつまっていた。彼女は小さなジップロックの袋を取り出すと僕の鼻に近づけた。「臭っ」彼女は笑ってその中身を取り出すと程よい量をひとつまみにし、ひろげたペーパーにのせはじめた。僕は直観で本で読んだアレだと思った。多分そうにちがいない。彼女はペーパーを完全に丸め終わると僕の目を見ながら口の中に丸ごと入れ唾液で湿らせながらユックリと抜いた。

僕は唾を飲んだ。

「こうすると火の通りが遅くなるの」「ヒロはタバコは吸うの?」と聞かれ家では吸っていると言うと彼女は安心して目を閉じると火をつけた。まるでこうするのよと肺一杯に煙を吸い込むと息を止めたまま僕に渡してきた。

僕も同じように吸う。息を止める。彼女に返した。彼女はあいた手を挙げるとまっての合図でギリギリまで息を止めた。もうこれ以上息を止められないところでゆっくり吐き出すとモコモコと雲のような煙が天井に上がった。

彼女の目が一気にとろんとなって僕は一気に笑いだした。笑いがとまらなくなった。体はジンジンして笑いがとまらない、そしてこんな可愛い顔をしてセッチャンという名前がさらに笑いを誘った。僕は泣きながら笑い続けてジタバタしていたら急に体が軽くなってきた。彼女はPCの電源を入れたと思うと小さいワイヤレススピーカーを両手に持ちニヤニヤしながら僕の両耳に絶妙な距離でセットするとそれを耳に近づけたり離したりを繰り返した。

「何この曲?」と聞くと「under world 」と発音よく答えた。

僕は目を閉じた。音がボヨンボヨンと広がり聞いたことのない音を聞いている。暗闇で僕が母親のお腹の中にいた時のポーズでぐるぐるまわっている。去年でたお化けが音楽に合わせてなんども万歳している。お母さんと別れたお父さんが出てきて「いいか、ヒロ!馬鹿に近づくなよ」と言ってくる。実際言っていたし、忠告通りお母さんについていったよと僕は答える。セッチャンがキスをしてきた。多分これは本当だろう。彼女の鼻が顎に当たっている。ぐっと奥まで沈みこんだ。危ない戻れないかもしれないと少しだけ怖くなった。

Under world が片言の日本語で何か言っている「ゲンキデスカトウキョウ!」それは東京ライブだった。なんだかまた笑ってしまう。

目を開けると彼女はベットの上で下着姿になっていた。綺麗だけど正直色気はなかった。どこまでも綺麗なままでいやらしさがなかった。ただ感覚が音から触感へと変わるとスイッチが入った。

Under world は軽快なリズムで鳴り響き、生まれてはじめて感じる快感に我を忘れた。彼女は最後までリードしてくれて、我慢しなくていいよと耳元でささやくと一気に終わってしまった。

彼女は泊まって言ってと涙目で言うと、僕はスマホで母に知らせた。

その夜は何度も繰り返されたunder world の音は僕に変なスイッチをつけてしまった。正直生きていて良かったと思った。でもあまりの刺激の強さに僕は少し怖くなった。お化けの何十倍の怖さがそこにあったのだ。

2016年3月29日火曜日

I don't know why

僕はあまりしゃべらない。いや人からみればまったく口をきかないのかも知れない。最後に口にしたのは6ヶ月前だろうか1年前だろうか、しかも日本語じゃないきがする。NIKEの靴をキュッと鳴らした。

学校に行くまでの道を歩く。いつもの変わらない道を歩く。繁華街のど真ん中、サラリーマンが反省した猿のように電柱に手をつき嘔吐している。派手な服のホストが「まだまだ飲むよ~」と言いながら勢いよく道に流れてくる。ごみ袋が1ヶ所に集められて緑のネットがかけられていた。カラスが鳴きながら集まり、水をまく魚屋のオヤジがカラスを追い払うと、ピオピオと小鳥が鳴いた。

排水溝から上がる湯気。洗濯物を1週間ぐらい乾かさないで放置したような、卵の腐ったような匂いがするらしい。僕は毎朝のことで慣れている。だからわからない。

白い息が出て、まだ朝は冷えると思った。

繁華街を抜けるとすぐに駅がある。駐輪場から学生がどっと出てくると僕はゆっくり目を閉じた。

何故学校に行かなければならないのかわからない。義務教育とはなんなのだろうか?義務とはなんなのだろうか?教育とはなんなのだろうか?言葉を分解したところでわかるはずもなかった。当然誰も納得のいく答えを教えてはくれない。思えば口数は減っていったのである。

家に帰ればよく話す弟がいるし母ともよく話す。普通そこまで話さないような事までよく話すと思う、ただ思うだけだけど。学校で話しをしないから確かめようがないのだ。別にいじめられているわけではないし、成績も極端に悪いわけでもない。ただ話してもつまらないと思うからだんだんと話すことが面倒になっただけ。

電車に乗るといつも本を読む。母が買ってくる本をいつも拝借していた。あまりにもつまらない現実の世界にいる僕を唯一繋ぎ止めてくれるのは本だけだった。

学校と家の往復はつまらないのだけど、それすらやめてしまったら僕はどこへ行ってしまうのだろうか?無重力空間に解き放たれた物体のように慣性の法則に従いどこまでもどこまでも遠くに行ってしまう気がしてそれがなんだか怖くてやめれなかった。そしてやめなくて良かった。

学校からの帰り道、繁華街はこれから出勤のホステスと客が腕を組んで歩いている、朝いたホストが眠そうな顔でタバコを吹かしている。ネオンはまだついていない、客引きが獲物を狙っている、金物屋のオヤジが水をまいて客引きを追い払うとカアカアとカラスが鳴いた。

信号が赤になり横断歩道の手前でぼーっとしていると向かい側、僕の真正面に色の白い学生服姿の女の子と目があった。

青にかわると、僕から目をはなさずに直進してくる。道路の真ん中、僕の真ん前で立ち止まると

彼女は「Why 」と言った。

僕は反射的に「I don't know why 」と言うと。

彼女はニコッと微笑みサッと僕の右側をすり抜けると、カアカアとカラスが鳴いた。続く

2016年3月28日月曜日

死ぬということ。

死ぬってなんだと最近よく考える。

世の中「生きる」ってことと「死ぬ」ってことを切り離しすぎではないかと感じるからだ。

西洋医学の発達で多くの患者が救われている事実を否定するつもりはない。ないがこの時「死ぬ」ってことが最大の敵として扱われているふしがあまり好きになれないのだ。

昔、短編小説でも書いてやろうかと思った事があった、内容は不老不死の薬を開発した教授が自ら実験台になり最初はガハハと喜びまくるが最後に自殺するというあらすじまで、まあつまんねえなとやめたw

この世には二つの相反するものが同時に成立していることが多い。光と影、男と女、生と死だ。

光だけの世界ってなんだ?それじたい光って認識できないよな。影だけの世界ってなんだ。それじたい影なのかわからん。両方の割合は昼と夜で変化するだけ、同時に成立しているからこそ両方を認識することができる。

では何故「生きる」ってことと「死ぬ」ってことを分けたがるのか?実際別居状態じゃないか。これはおかしいと思うのだ。生きるということは死ぬことでもあるし死ぬということが生きていたということになるはずだからだ。死ぬことが決まっているなかで後はいつ死ぬかという可能性が常に内在している状態が生きているという状態ではないか。

だから生きるってことと死ぬってことは切り離せない関係にある筈なのだ。

だから不老不死の薬を飲んだとしたらそれは生きていないのである。だって死なないんだから。最終的に自殺するという結末も生きていたという事実をつくる為にドロドロの溶岩の海に身を投げて溶けて消えるということにしようと思っていた。まあつまらんから辞めたけどwww

生きることばかり口にしているが物凄くバランスが悪いので気持ち悪いのである。薄っぺらいのである。

死ぬということは本当に怖いものなんだろうか?あれだけ簡単に自爆テロやら自殺やら交通事故まで蔓延していて割りと平気でみな暮らしているではないか。

自分の事ではないからなのか?本当に自分の事ではないのだろうか?

僕は死ぬということは本当に自分の事だと思っているし人生最大のイベントだと思っている。間違って欲しくないが決して自殺や戦争を肯定するつもりはない。自殺はしたい人はすればいい、戦争は御免だ。

自分が健康でしばらくは大丈夫だろうと思っているからこんなことが言えるのだろうか?余裕が言わせているか?だったら逆にその余裕があるうちに尚更考えたほうがいいと思うのだ。余裕がなくなってからじゃ考えたり言えなくなるようならあまりに怖すぎるだろ。

最近は癌を治療せず緩和治療だけで最後を迎える人が増えてきたと聞く。西洋医学を全て信用している人は知らないかもしれないが癌を手術してもその再発率、抗がん剤治療、それらの副作用は大変なものである程度年齢が増すと負担が大きい。そんななか穏やかな最後を迎えたいとする人が増えてきているのだ。

マザー・テレサに質問した人がこういいました。

「どうして助からない人に薬を使うのですか?助かる人に薬を集中して使うべきではないですか?」

マザー・テレサ「いいえ、大事なのは助からない人が穏やかな気持ちで死を迎えられるかどうかなのです。」

2016年3月24日木曜日

風の電話

震災から5年。僕はその時、島根の工場にいた。勘違いをした北海道の知り合いから電話を沢山もらったがここは島根で1ミリも揺れてないよと伝えた記憶がある。テレビでみた光景はまるでフィクションのような惨事で本当のことではないような錯覚と移住してきた土地が運よく島根だったことを単純に良かったと思った。

わざとらしいマスコミの報道にはずっと疑問符がついた。確かに報道しなければならない大災害だ。それはわかるのだが、報道の仕方というのは難しい。

震災から5年、忘れてはならないとテレビは言うが実際のところ忘れたいと思う現地の人達もいるのではないかと複雑になる。忘れたくても忘れられない苦しみの深さを知るよしはない。テレビの報道が白々しく聞こえてしまうのだ。

NHKスペシャルで「風の電話」というタイトルの番組が放送されるとニュースピックスというアプリで知っていた。そのアプリでのコメントは控えた。その番組の内容が震災のあった場所に「風の電話」と称した電話ボックスが置かれていて、そこに多くの人が来ているという話しだったからだ。さすがに自分なんか下らない人間が言葉なんか信用ならないもので何かをコメントするなんて吐き気しかしないと思ったからだ。

その番組は観ないでおこうと思っていたのだが、テレビをつけるとチャンネルを秒速で変える癖があやまってヒットしてしまい、風の電話ボックスにある家族が入る瞬間を観てしまった。

2秒で泣いてしまった。まず亡くなったであろうお父さんの娘が「お父さんと話す時、臭いって言っててごめんね」と謝っていたのだ。このフィクションでは絶対に出てこない日常の何気ない会話の風景が頭をよぎりかつ、心の底から後悔している娘さんの素直な懺悔に僕の涙腺は耐えられなかったのだ。

そのあとお母さんが電話ボックスに入る。お母さんの溜め息が、溜め息だけで、僕はおお泣きしてしまった。その電話ボックスには線の繋がっていない黒電話が置かれている。線が繋がっていようがいまいが受話器を手にした瞬間、完全に繋がっている家族の想い。亡くなったお父さんと完全に繋がる瞬間にお母さんは大きな溜め息をした。「はぁー」この溜め息は男性を前にした女性の溜め息にも聞こえたし、疲れた母親の溜め息にも聞こえたし、疲れた父親の溜め息にも聞こえてきた。

子供は3人。きっと父親役もかねて弱る自分に鞭を打って5年間懸命に生きてきた母親の溜め息は複雑な役柄を同時にこなさなければならない辛さと、甘えられる「あなた」がいない寂しさと、けど子供を育てていかなきゃならない現実が全てごちゃごちゃになって出てきたのだ。

「はぁー何から話せばいいかわからない」

僕は話さなくていいと思った。溜め息に全てが込められていたからだ。人は息で表現できると思った。そのお母さんの吐く息は震災で家族を失った人達全ての「溜め息」のように感じられた。5年という歳月をへてようやく風の電話にきてもいい状態になっていたのだろうか、一段落ついたのだろうか。

僕は恐山やイタコを思い出した。

何故、恐山が霊場と言われているのかを南なんだかというお坊さんが語っていた。恐山には人々の想いが形になってあわられているからですと。幼くして亡くした子供の霊を供養しようと親が毎年じょじょに大きくなる子供服をお供えしに来るのだという。一年一年生きていたら成長したであろう子供服を。

霊がいるとかいないとかそんな下らないことはどうでもいいのだ。人の想いはそこにあるだろと。さすがの大槻教授も何にも言えない筈だ。彼も人の子なら。

人の死には3種類ある、まずは自分の死、それから家族の死、そして他人の死だ。

この中で一番重要で一番ストレスになるのが家族の死だ。自分の死なんてどうでもいいぐらいだ。死んだことも理解できない。他人の死も「交通事故死者」何人のレベル、数字にされて薄いなんてもんじゃない。けど家族の死は一生寄り添うべったりとした粘着力の高い言葉にできないものなのだ。その処理方法はない。ないのだ。ないから辛い、ないから大変なのだ。

少しでも、少しでも軽減させてくれるものがあればとイタコという職業は生業として自然発生したのだと思う。

霊感商法とか悪徳詐欺だの非難したい奴はすればいい。だかなそれを必要としている人達の想いを肩代わりする覚悟はできてんのか?と言いたい。

そんな簡単に触れるもんじゃない。その一生続く問いは一生答えの見つからないものなのだ。その問いを体の中に入れながら生きていく人達。

多分今日もなん組かの人達は「風の電話」に行った筈だ。そこに行っては報告するだろう近況を、そこに行っては報告するだろう心境を、そこに行っては報告するだろう亡き「あなた」への想いを。

2016年3月8日火曜日

宗教とか

大丈夫かなあ~こんな題名つけて。まあ、今の時点で感じることわかってきたことを整理する意味で書いてみます。

前回は小林秀雄先生の哲学にサラッと触れてみましたが、今回はさらにわかりづらいとこまで飛び込んでみようと思います。まさに独り言として許して下さい。

僕は天理教の家に産まれました。正確に言えば父方の親が天理教だったわけです。物心ついた時から教会と呼ばれる家にいき、そこで大勢の信者さんが集まっていろいろな踊りや鳴り物と呼ばれる楽器の演奏を見ていたのです。そのうち少しづつ教えてもらい、しまいには一緒に楽器を演奏したり踊ったりしてました。

記憶は定かではないが小学4年ぐらいまでだったろうか?そのぐらいやってました。はい、まったくもって訳わかってませんでしたよ。勿論、姉や弟もやってましたのでたまーに思い出しては皆で
「あれっていったいなんだったんだろうね?」
と笑い話になってます。

天理教は奈良県天理市を本拠地とした立派な宗教です。勿論否定するつもりもありません。ただ小学生に宗教を理解できるわけもなく(わかる子供もいるとは思いますよ、けどそいつ天才だろw)

素直な感想として訳がわからんと言っているのです。まあ、これから宗教を本質的に掘り下げていっても最終的に訳がわからんとなるでしょうから、この訳がわからんという子供の感想はまんざら間違ってもいないかもしれません。

母方の親は熱心な仏教徒であります。今となってはすっかり仏教で染まってますね実家というか家は。正確には実家は取り壊して跡地に姉夫婦が立派な新築を建てて暮らしております。

まだ古い実家があった時からお寺さんがきて御経を唱えていましたよ。その間笑いを堪えるのが楽しかったです。なんか笑っちゃいけない空気って笑いたくなるじゃないですか、あれです。

と幼くして2つの宗教にあうわけです。勿論どちらも訳がわかりません。しかし1回目の急接近がありました。僕の留学です。

高校を出てすぐにカナダに行きます。理由は省略してとにかく行きます。行きの飛行機は早い時間だった為、札幌に前泊であります。なぞな安いビジネスホテルに泊まりました。高校生活を全てアルバイトに当てて貯めたお金を持って2回目の海外、憧れの海外に、しかも今回は長期滞在が可能という状況です。はい瞳孔ひらきっぱなしのハナジもんの大興奮状態ですから寝れと言われても寝れる訳がありません。

おもむろに開けた引き出しに謎な本がありました。はい来ました仏教の本です。もう完全に寝れないので読みます。普通訳がわからず寝るのが当たり前の筈が逆にのめり込んでしまいした。むむむっこれ面白いんだけど。「善悪」いい悪いというものははじめからない。人間が後から勝手につくったものである。とか、それから差別が生まれるのである。とか、いろいろ初期仏教で説かれていたであろうことが書いてあったのです。とうとう寝ずに朝まで読んでしまいました。

ほんでカナダはキリスト教です。教会にも行きました。牧師さんの話しも聞いてきました。はい何言ってるかまったくわかりませんでしたけどw

東京から来ていた人が「ケンちゃんフリーフードって知ってる?」と言ってきて、聞けば教会にいって牧師さんの話しを聞いた後にただでパンとスープが飲めるという単純に炊き出しの話しw一緒に行こうと誘われ社会勉強の為行きましたw

いやね、凄い行列なんすよみーんな100%混じりっけなしのホームレス。アジア人は二人だけwww しかも割りと普通の服装。浮く浮く。もう多分時効だから名前書いちゃうけどカズさんは食べ終わった後でもまわりの食べ残し(てがついてないパン)をナプキンで包んで持って帰ったんすよ、eat in and take outしたんです!変態でしょw

あの人面白かったなあ~元気かなあ。

って話し戻しますけど、スゴクないすか?こんな分かりやすい飴とムチってあります?正確にはムチが先で後で飴なんすけど。ニンジンぶらさげた状態で聖書聞かせるんですよ?しかもホームレスばっかり、いやいやそもそもなってツッコミたくなりますよ。完全に神様なんていねーよって生活をしてる方々にフリーフード釣りからの聖書ホールドですからね。正直びびりました。まあ神の施しなんだうねやっぱり。

んで向こうの生活はかなり密度は濃かったんですけど、暇な時間てのも結構ありましてね。そんなとき日本人旅行者が置いていった日本の本が助かりました。読みます読みます。どんどん読めちゃうんですよ。仕事もしてたんですけど、休みの日とかグータラグータラで本しか読んでませんでした。またいろいろ考えちゃうんす旅先ってのは。

まあ、最終的に仏教が一番腑に落ちるんだけど。仏教は心の病院と言われてまして必要な時に来てくださいと、治ったら退院して結構ですみたいなスタンスがあるっす。みなさんは仏教に勧誘されたことないでしょ?ないはずなんす。あったらそれは多分仏教まがいの偽仏教です

家のピンポン押すのはキリスト教でしょいろいろ宗派はあるだろうが。いや勧誘するなとはいいませんよ、そのスタンスの違いだけでも仏教が腑に落ちるんすよね。

一般的に言われている初期仏教つまりブッタは今生きているということは苦しみと捉えた。その苦しみを取り除きたいと考えた訳です。キリスト教はあの世で天国か地獄に振り分けられると説く。宗教家じゃないんで間違ってたらご免なさい。ただ簡単に書いてみました。

ブッタの言葉は死ぬほどあるっすけど、その中に「あの世もこの世も捨てろ」という言葉があるらしい。この辺からニーチェは元々神父の父がいたにも関わらず「神は死んだ」と言っちゃう気持ちがわかるんすよね。簡単に言えばニーチェつまり実存主義は思いっきり仏教寄りの考えなんす。

なんでこの世とあの世を分けたんだと、しかもあの世をさらに天国と地獄に分けた。そうなると今生きている世界になんの期待をすればいいのだ?となってしまう。キリスト教の影響が強く残るヨーロッパでなんでも「神、神、神」人間は「罪、罪、罪」ですから押し込まれたテンションがボヨーンと跳ねかえったのでしょう。何が悪いんじゃーいと。いい加減にしろーと。今俺はここにいるだろがーと。脅しに対して逆ギレですよ。

岡本太郎風に言えばニーチェ爆発であります。そしてその考えは仏教に近かった。ハイデガーは親鸞の歎異抄に感銘したようでなんやかんや言葉を残してます。ニーチェもハイデガーもサルトルも同じような実存主義仲間。みんな仏教的なんですな不思議と。

あと仏教でたまーに極楽とか地獄とかいう表現聞いたことあるかもしれませんが、あれ一応この世の話しです。実生活にある極楽と地獄を説いてますんでどちらが実践的かと言えば仏教のほうが実践的であると思います。って簡単に書きましたけど、本当はまだまだ深いとこまでいくんですけどね両方の宗教。かなり深いとこまでいくとかなり似てきます。この辺はいつまでたっても終わらなくなるから辞めときます。

ほんで仏教の好きなとこは他の宗教に対しても寛容なんです。争わないんす。その必要がないぐらい知を積み上げてきている宗教なのでちょっとぐらいじゃぐらつかない。あの養老先生もキリスト教系の学校を卒業しつつも仏教が一番府におちるとおっしゃっている。

かなり長くなってきたので強制終了しときます。宗教や哲学と反対側に位置している科学も実は掘り下げていくと非常に距離が近くなる。このへんのディープなとこはまた別の機会に書きますです。でわでわ。