2025年10月22日水曜日

大谷、伝説の試合

 とんでもない試合を見てしまった。

ドジャースとブリュワーズのチャンピオンシップ第四戦である。

結果は5-1でドジャースが勝ち2年連続のワールドシリーズ出場を決めた。数字だけみればさほど驚きはしないが、これまで動画やブログは無限に生成されている。

理由はその試合内容である。大谷翔平という男は、言葉を当てはめる事ができないスケールの男だ。しいて無理矢理にはめるとしたらそれこそ大谷翔平という名前だけになる。

ピッチャーとして投げて10奪三振に無失点。3ホームラン。

完全に狂っている。ここまで他のメディアで腐るほど言われているので中身をもっと掘ってみたい。

大谷の派手な数字ばかりに目がいくが、実はブリュワーズの監督はじめピッチャーはキンタナ以外完璧な投球をしていた。実際ドジャースの得点は大谷以外初回の2点だけである。これに大谷の3点を合わせて5点。なぜか15点ぐらい入ったのかの錯覚をしてしまうが、数字は嘘をつかないたったの5点である。

昨年のワールドシリーズでヤンキースがドジャースあいてに5-0から逆転された、あのたった5点なのである。

つまりブリュワーズピッチャーはみな素晴らしいピッチングをしドジャース打線を完全に抑えていたのだ。ひとりの神を除いて。

ホームランにした球はいずれもそこまでの失投とは言えない。むしろ厳しい球だった。初回のキンタナでさえ2-3からあのバックドアスラーブは、少しでも体が先に開いたら空振りしていただろう。体が開かないポイントのギリギリまで貯めて完璧にとらえた。正直ここで試合は決まっていた。しかし相手マーフィー監督も流石である、試合を壊す事なくピッチャーの継投をしていた。

大谷が先発投手だったので集中モードを切らさないでいい効果を産んだ。初回と2本目のホームランのあとの大谷は何故か怒ったような顔していて、ベンチで仲間とハイタッチはするもののどこか近寄り難い雰囲気を出していた。私は3本目あるかもと思った。みな2本目の場外弾を騒ぐが、むしろ打った後のあの怖い顔が印象に残った。

やはり打った。マウンドを降りていたからか3本目にしてようやく笑顔がみえた。ドジャースファンは発狂したに違いない。

もし先発陣が同じ集中で同じようなパフォーマンスをワールドシリーズで継続できたらまた4連勝のスウィープがみれるかもしれない。そうなるとまた4戦目の先発が大谷になり、また同じ事がおきるかもしれない。こんなくだらない予想も彼には無意味だろう。

2020年5月9日土曜日

コロナ

久しぶりに書きます。前回のブログから今回までかなりの期間が空きましたが、その間にまあまあよくここまでいろんな事が起こること起こること。

何かあるたびに書こうかなと思ってはいたが、いちいち独り言を書いていてはキリが無い感じがしたのでためにためることにしました。

ほんでほんで間違いなく歴史的出来事であるコロナ禍がきてしまったこんにちに至るわけです。

先に断っておきますが、私は学者でも評論家でもないなんの取り柄もないただのオッさんなので不謹慎な発言や不正確な情報がバンバン書かれる事と思いますがお許しを安倍さんと同じく一切の責任を負うつもりはありません。まあ、誰も読まないという前提です。

政治批判はTwitterのほうでチクチクとやっているし、だいたい凄く頭のいい人が毎日のように批判されているのでここであえて書きません。ただただ金もない友達もいないオッさんが感じた事、オッさんなりに収集した情報をもとにコロナ禍を語ってみたいと思います。

私はまだ44年しか人間やってないですが確かに生きていればいろいろありましたよ、世間を揺るがす事件が、元号が2回も変わるなんて思ってませんでしたし、宮沢りえがヘアヌード写真集だすなんて夢にも思ってませんでしたし、阪神大震災から東日本大震災、原発事故、ポケベル→ピッチ→携帯→スマホの流れ、あげるとキリがないのですが、とんでもない破壊力のコロナが今まさに目の前にやってきたのです。

ビルゲイツなんかは何年も前に予測しTEDという場所で発言されてました。

歴史で大きい出来事は○○前○○後と表現されますが、まさにコロナ前コロナ後と歴史の教科書にのるのは間違いないでしょう。それまでの凄い事件は自分の年からみてだいたいが対岸の火事であります。戦争は映画や小説でしか知り得ないし、震災はその現地じゃなきゃ体感できないのであります。しかしこのコロナは世界中で蔓延し、どこに行ってもそのリスクから逃れられないのであります。お釈迦様の手の平から出られない孫悟空状態なんですね。

感染者0の岩手県でもリスクは存在しているのであります。

ただこうなって浮き彫りになる現実がかなり見えてきます。グローバル社会なんて言葉もどこか古臭い感じがしてくるハイテク社会において、飛行機が出来てからネット社会が出来上がった順番が当たり前のようでなんか凄いなと感じますね。
昔は海外いくの凄くハードル高かったんすよ、行くには行けます飛行機あるから。あるからってじゃあ明日アメリカちょっと行ってくるわ!にはならなかったっす。情報が少なすぎて。本ぐらいです海外の情報。地球の歩き方。それが今では現地に行かなくても現地の情報はネットで調べほうだい、ネットでチケットも買えて、ネットでホテルの予約までできてしまう。なんだったらyoutubeで英会話勉強してかなりレベルアップしてから現地にいけちゃんすよ?凄くないすか?

情報がバンバン入るということは海外旅行の中にあった抑止力的不安要素を無効化できちゃうんすよ、こうなると情報だけがバンバン入るだけでなく実際の人間そのものもバンバン入るは出てくわの本物のグローバル社会が出来上がるんですね。インバウンドの数ヤバかったでしょコロナ前。

日本だけじゃなく全世界的に全都市ニューヨーク化現象ですわ。人が血液のようにどんどん世界中をかけめぐればお金もどんどん回って物もどんどん循環する社会。すごくいい社会だと思うしただただ凄い社会だなと思うのですが、ここで強烈な弊害がコロナですね。

一撃でグローバル社会を麻痺化、無効化しちゃった。鎖国です。シャットダウン、ロックダウンであります。動くな!フリーズ!といわれ全世界の後頭部に銃口を突きつけられた状態になりました。またその犯人は目に見えません、しかも現代医学、生物学あらゆる学問を持ってしても分かりにくい存在で、これだ!という薬もなければ、ワクチンもないウィルス。わからないものを相手にわからないなりに手探りな対応しかできないのであります。人はわからないものに恐怖を感じます、恐怖は不安を呼び、不安は疑いを呼び、疑いは対立を生むのです。

ナイナイの岡村さんが歴史的大炎上をおこしたのもうなづける環境になっているのです。

今大阪に住んでいるのですが、大阪の方は関心するほど落ちついてます。ヒステリックになってる感じの人は周りにはいないですね。何故だかはわかりませんが、オッさん的想像では、商売人の土地柄DNAレベルに刻まれた独特の慣性や考え方が影響しているのかな?
大阪の方は功利主義や合理主義がぎっしり詰まっております。多分全国と比べた場合マックスで信号無視比率が高いと思う。これは俺的統計です。つまりルールに縛られない柔軟な思考をベースに行動されてる方が多いのです。商売人にとって時間は命みたいなところですね、最短距離、最短時間を自然に行動できるのです。

梅田の人出が全国的にもっとも減った数字を出してましたね、87%減とか。
ルールを守ったからではなく、どっちが得かを考えた行動だとすぐ思いました。

リスクなんてコロナ前に真剣に考えてた人は経営者ぐらいですよね、それが一般の人がみんな自分目線で毎日考えるなんて凄い影響です。

僕はコロナが騒がれ出した時、「お餅のほうがよっぽど人を殺してる」と周りに言ってました。実際お餅は正月だけ毎年1000人の命を奪っています。コロナはまだ累計で500人でしょうか。だから騒ぐなとは言いません今の状況では、特に海外があれほどまでに酷くなるとは予想もしてませんでしたから。

日本や、韓国、中国が何故欧米に比べて死者数が少ないのか?これ世界のナゾですよね。
まだこれと言った答えが出てないので好きな事書いちゃいます。

まず、潔癖!ってこれは日本だけですかね?韓国とか中国は住んだことないんでわかりません。中国は発生した国だろ!ってツッコミありそうですが、かなり広い意味での潔癖だと思ってます。手洗いうがい、マスク、そもそも文化的に非接触民族。インフルエンザがコロナの影響で消えたと言われてます。あと病院にいくとうつされると思い多少の事では病院行かなくなりましたね。コロナ前では皆保険制度のせいか老人ホーム的な集まる場所になっていた病院が全く人がこなくなったとか。

性に対するオープン度合いも広がりに関係があったと思います。昔ほど閉鎖された状態ではないにしろ、パリピと呼ばれる人達はまだまだごく一部だと思うのです。アメリカ映画のような「来週のパーティーにあの子を誘うんだ」みたいな事あります?周りで。若者大勢が集まって楽しむ文化はあまり浸透してませんよね、逆に反動からか毎年ハロウィンは大変なことになってますが。集まりが日常化している欧米、しかも集まった先での接触を含む挨拶、若者を中心にウィルスが蔓延していったのではないでしょうか。

コロナは自分単体では生きられないらしいです。そもそも生き物じゃないらしいですが、宿主を必要とし、その宿主をあまり傷つけることなく次の宿主を見つけ分裂していくそうです。若者が責められたのもわかります。

ハーバード白熱教室でサンデル教授が言っていた「トロッコ問題」を思い出しました。経済をとめて感染防止に努めるか、経済を動かしながら感染防止をやれる範囲でしていくか。どちらをとっても犠牲が出てしまうのはまさにトロッコ問題なのです。答えのある問題ばかりをいくら解けるようになっても意味がないのです。

毎日情報が入り新たな情報が更新されていくなかで振り回され不安も増幅しちゃいがちですがせっかくの時間、立ち止まっていろんなことを見つめ直したり、今まで気になっていたドラマや映画をみたり本を読んだり、せめて自分ひとりの心を落ちつかせる時間というのも長い人生であっても良いのではないでしょうか。書きたりないですが、またなんか起きそうなのでとっておきます。

2019年9月19日木曜日

ワンスアポンアタイムインハリウッドを観た

いやあ、観ちゃいました。最新タランティーノ。くぅ、「レザボアドッグス」「パルプフィクション」からずっと注目している監督。

何度も言っていますが、世界三大監督のひとりです。

ダニーボイル、北野たけし、タランティーノでございます。

強い暴力表現、汚ならしいシーン、ユーモア、彼らに共通するお約束は勿論いまだに続いておりまして、僕にとっては堪らないわけであります。

今回は、デカプリオとブラッド・ピットのゴリゴリ共演でございます。

おすぎさんなら発狂して批評できないんじゃないかと思われます、実際「ファイトクラブ」の時は、とにかくブラピの裸みて!しか書いてませんでしたからね文春でwww

観た感想を結果からお伝えします。

「やられた!」

です。

この一言に尽きます。
何がやられた!のか?
そもそもこの映画はタランティーノがつくるイケメン二人共演映画というだけで、上映前から話題がてんこ盛りな訳であります。ということはこんにちのネット社会では情報が漏れに漏れまくるのです。そういった漏れるであろう情報すらタランティーノに先読みされて、その情報自体を伏線とし回収するのではなく、その情報で誘導された観客の裏をつく作戦をしいてきた訳ですが、まんまと

「やられた!」のです。

タランティーノ慣れしていない観客があまりの暴力シーンに息もできないような状況で、僕は口に手をおさえ必死に笑いをこらえていました。

暴力とユーモアは紙一重であります。

実際にあった事件をモチーフに、彼はフィクションの中でフィクションという武器を使い、フィクションの力である人達に復讐を行ったのであります。

その様子がヤバすぎて途中から笑いに変化していきます。笑うしかないラストで、笑いながら「やられた!」であります。

レンタルビデオ屋でバイトしていた映画大好き青年は、映画を愛しすぎて後に映画監督になり、ヒットを量産する売れっ子監督に勿論タランティーノのことです。

この映画にはその映画愛がところせましと表現されていて、映画を愛する者、映画に携わる人間の苦悩と努力、そういった人達を攻撃してくる人間に「コロス」と宣言しているのです。

タランティーノ初心者にはあまりおすすめできませんが、どうしても気になる方は、まず「レザボアドッグス」「パルプフィクション」は最低おさえて観るとより楽しめると思います。

最高でした!以上!

2019年8月14日水曜日

「全裸監督」を観て

凄く期待して、まさに全裸待機状態からのネットフリックスから通知がきた時はイキそうになりました。

一気見です。はい。

ネットフリックスオリジナルドラマとなってますが、僕的には「映画」に見えました。いやこれは映画です。

伝説のAV 監督、村西とおるさんの人生を通して性とは何か、昭和から平成にかわる世の中を映し出す。

AV 監督って響きでみなさんのイメージはこんな感じじゃないですか?「どうせ変態がすぎてそんな仕事しかできなかったんだろ」

答えはノンノンノンでございます。

村西さんは多分何をやっても性交、いや成功された人物ではないでしょうか。

観て思ったのはゴリゴリのビジネスマンだということであります。

激動の昭和で、次に何がくるのかを瞬時に判断し、即にゅう、いや即行動にうつせる人物。ただ行動してるのではなく、そこに信念と哲学を持ってされていたのです。

この映画の良さを語る上で山田孝之ははずせません。あの山田孝之のぶくぶくに太らせたお腹を観てください。これだけでご飯たべれます。役づくり、演技、すべてパーフェクトであります。そしてそのパーフェクトな素材を生かす監督。この作品の監督ですよ、武さん。

素晴らしい。映像と音楽のチョイス、どのシーンをくりぬいて映えさそうか。

黒木香さんがはじめてAV の撮影に挑む直前の階段を上がってくるシーンのスローモーション。完全に痺れました。なんたる覚悟。現役女子大生が躾の厳しい母親に内緒でAV に出るのであります。悩みながらスタッフに促されてイヤイヤ出るのではありません。

確固たる信念と哲学を持ってAV に出たいと、そして階段をゆっくり上がってくるのです。この森田望智さんという女優さんはそうとうヤバイですよ、勿論いい意味で、このシーンを完璧に演じてましたからね。

内緒でこの現場に来ていること、現役女子大生であるということ、ワキ毛を剃ってないこと、いかがわしいビデオに出演するということ、それでもしたいと思う抑えられない衝動を完全に表現されてました。

あっ!スイッチ入ってると一目でわかるシーンでございます。

覚悟というものはそれはそれは強いものであります。弱い弱い人間に唯一与えられた強い強い武器であります。

他人からどう思われても構いません、開きなおってんじゃねえと思われようが、覚悟とはそんな浅い批判など相手にしませんよ。

「これで行く」と決めたら真っ直ぐであります。

なんだか近頃は変化球ばかりが先行して直球がどこに行ったのかわからなくなることばかり見えてきます。

しっかりとした直球があっての変化球ということをお忘れなく。

「全裸監督」そうとうヤバイ直球です。是非観てください!

2019年7月21日日曜日

宮迫さん亮くんの記者会見

ことの発端や、経緯は説明するまでもなく、いわゆる闇営業問題。新しいニュースもなく謹慎処分のタレントたちはダンマリをきめこんで1ヶ月近く寝かせたこの闇鍋がとんでもない料理となってネットやメディアに露出した。

あの記者会見御覧になりましたでしょうか?観てない方は今すぐ観てください。

正直ここまで凄い記者会見ははじめて観ました、なんなんですかこの事実は小説よりも奇な展開。怖さとやっぱり感、新たな心配と擁護したくなる気持ち。

泣きながら訴える二人のオッサンタレントは小さな男の子に見えました。

悪いことしてごめんなさいとただただ謝りたかったそれだけですと。

ネットを中心に叩かれ続けた二人の苦しみを開放したのもネット社会という皮肉が、この闇営業問題の闇の広範囲性や大企業の闇をここまで如実に表すとは思いもしませんでした。

みなさんもそれぞれ、多分こういう落ちや、こういう終着をで終わるんじゃという予想をされたと思うのですが、この記者会見を予想した人は誰もいないんじゃないですかね。

芸能史に残る大事件と言っても過言ではないでしょう。

私は記者会見をアベマTV でみていました。アベマでは観てる人のコメントも同時に読めるので視聴者の反応もリアルタイムで確認できるのです。

案の定、「みやさこ嘘臭い」や「宮迫の顔」のようなこの1ヶ月に渡るネット叩きの延長戦のようなコメントからスタートするも、吉本との経緯の説明からコメントは一変する。

「これ宮迫大丈夫か?」や「吉本最悪」のコメント。

それは絶対言ったらアカンやつを連続でコメントしている二人。叩くはずの芸能記者までが二人を擁護したくなるような壮絶な芸能事務所の巨大な闇。

間違いなく二人はまともな判断もできないほど追い詰められていたんだと思いましたし、そこを理由に吉本も二人の謝罪会見を拒んだり、Q &A を用意したんだと理解はできましたが、さすがに吉本ヤバイんじゃないかと思えてきました。

ここからみえてくるものは沢山あるのですが、元号も平成から令和になってネットを中心とした大情報化社会において、いくら巨大な芸能事務所、ジャニーズや吉本でもすべてをコントロールするのは不可能だと言うこと。

隠蔽なんてできるわけもないんすよ。

そんなことをしようとすれば今回の吉本のように最悪な暴露のされ方でおもてに現れる。

企業や会社というのは「人」の集まりです。その「人」というのは非常に弱くもろいもんなんす。だから集まってがんばるっす。今回のようなにトカゲの尻尾きりのような対応でいつまでも切り抜けられると思っていてはいけませんよ他たくさんの大企業さん。

今回の記者会見で多くの大企業経営者のかたの背筋がピーンと伸びたのはないでしょうか。

人は弱い。だから集まる。間違えもする。だから上の人がいるんでしょうが。

2019年3月16日土曜日

オヤジが亡くなって16年

16年という数字は数字として理解できるのですが、じゃあその中身はなんだ?と聞かれると返答に困る。

正直ただただ生きていたとしか言えない。

16年前に亡くなったのだから、それより前は生きていたのだ。当たり前だが。

オヤジが寝るとき必ず聞いていたラジオの音量。

キレると歯止めがきかず、ネコが朝ごはんを盗もうとテーブルの魚に手をだした際、大声をあげて蹴りあげるもネコにサッとかわされ、テーブルの角にスネを打ち付け、怒りに震えながらネコの首根っこをつかみ近所の草むらに投げ捨てた。因みにそのネコは2度とウチに帰ることはなかった。

ミッキーマウスが描かれた謎な魔法瓶に常に番茶がはいっていた。よく焼酎を番茶割りにして飲んで、番茶割りにすると次の日に酒が残らないんだと僕によく説明していた。因みにまだ酒が飲めない息子にだ。

姉が夏休みに友達と海水浴に行くと言ったがカナヅチの父が猛反対し、その友達の親が直接オヤジを説得に来るという場面に居合わせた事があった。オヤジを知るすべての人物ならその後の展開は簡単すぎてクイズにならない。当然、頑として譲ることはなくその凍りつくような空気を今でも思い出す。

オヤジが国鉄の機関士時代に持っていた黒いかばん。

ナゼか子供にラーメンをつくってあげたい状態がたびたびあった。子供がうまいかうまくないかよりなんせ自分がつくりたくて仕方のない感じ。

風呂から上がると裸でテレビの前で停止し、子供たちから「ちょっと見えない!」と言われると凄く喜んでいて、そのくちもとがロバートデニーロに似ていた。

一番上の姉の結婚式かなんだったか忘れたが、その会場で二番目の姉を「みっちゃん綺麗になったなあ」としきりにほめていた事。

いろんな細かい記憶の断片が今でも再生される。

それは一重に父と過ごした時間が楽しかったからに他ならない。

楽しいという感情や記憶はなかなか消えない、勿論、悲しいという感情も記憶もなかなか消えないだろうけど、死して尚残るのはやはり楽しかったという事実だと思うのだ。

死ぬと体は勿論いろいろと消えてしまうんだろうけど、消えないものがあるんだよと教えてくれているような気がする。

1日1日を楽しく。

2018年10月8日月曜日

フジファブリック今さらだけどいいよね

久しぶりのぶりぶりに書きます。

なんか最近はいろんなことがありすぎて、地震とか台風とか地震とか台風とか。

ツッコミはじめるとキリがない案件だらけ、こんな時は自分が勝手にいいと思うものの事を考えるのが1番、精神衛生上よろしいかとオモフのでありまする。

フジファブリックを知ったのはこれまたドラマ「モテキ」であります。大根監督の素晴らしさは語る必要はありませんが、最も尊敬する部分は音楽センスであります。売れている売れていないに関わらず監督本人がいい!絶対にいい!と思う作品を次々採用しているところ。

モテキのサントラは素晴らしいとしかいえません。

これと言ったジャンルに偏ることなく、このシーンはこの曲しかないでしょ!っといったベストな選曲。

今や物だけでなく音楽も情報も溢れかえる世の中。大事になってくるのは選ぶ力ではないでしょうか。

その中にありました、フジファブリック。なんとオープニング曲です。

「夜明けのビート」

PV では主演の森山未来君がバレエダンスで鍛えた体幹を武器にアーティスティックに暴れまくります。これがまたヤバイ。激しい前奏から拍子抜けするぐらいやる気のない声。

これです、これなんです。フジファブリックの良さはボーカル志村のまるでフォークボールのような落ちる声なんす。

たいていの人はバットを振ってもかすりもしないぐらい落ちます。

ただこれが癖になると抜けられない声なんす。

すべての声は響かなくてはいけないなんてルールはありません。流暢な喋りの営業トークより吃りながら必死で訴えるトークのほうに心をうたれるなんてことはよくあることです。

入り口は「夜明けのビート」でしたが、そのうち調べていると次の4曲をひたすらリピートして毎日のように聴いてます。ちゃんと聴く順番まであります。

まずは「赤黄色の金木犀」つぎに「陽炎」つぎに「茜色の夕日」つぎに「若者のすべて」

この順番は必ず守って頂きたいw

とこだわりをみせつつ、これら以外の曲はほとんど聴いてません。ファンの方すいません。いい曲があれば教えて下さい。聴くかどうかはわかりませんがw

この4曲はいずれも「若者」それも「少年」にスポットをあてて描いている。

その証拠にPV では必ず少し綺麗めで少年には手の届かなそうな女の子が出てきます。

そしてフジファブリックの曲のさいだいの特徴は「何にも訴えない」ところ。

これがヤバイんす旦那。

普通、バンドやってたら訴えたくなるじゃないですか、「あーしよう」「こーおもおう」「これ大事にしよう」「今の社会壊そう」とか、普通はなるんす。

なーーーーーーーんにも訴えないw

ただただ、少年時代の思い出の輪郭、それもうすらぼんやりあるかないかわからない感じのふんわりとした状況だけひたすら歌うんす。ふわっふわのゆるゆるな状況を。

いっさい手を伸ばしてこない、ただそれが信じられないぐらいこちらを惹き付けるのです。

よくありがちな「愛」とか「好き」とか「懐かしい」とか「渇いた」とか分かりやすいワードいっさい出てきません。

いや別にカンとか大事万ブラザーズを否定している訳ではないですけど、この辺が何度もリピートして聴いてしまう要因じゃないかなとも思うんです。

少年の状況をひたすら歌われると何故だかあの頃のいい思い出がよみがえってくるようなこないような、せつないような、なんとも言葉にできない感情になるんすよ旦那。

4番目に聴いている「若者のすべて」はそれまでの曲を総括したような名曲であります。まあ、これも訴えない訴えないwww

僕がフジファブリックを知った時には既にボーカルの志村さんは亡くなっていました。自殺だそうです。

そのへんの詳しい内容はNHK でやってました。

命を削って書いていたであろうこの何も訴えない曲を僕は毎日のように聴いています。