2019年9月19日木曜日

ワンスアポンアタイムインハリウッドを観た

いやあ、観ちゃいました。最新タランティーノ。くぅ、「レザボアドッグス」「パルプフィクション」からずっと注目している監督。

何度も言っていますが、世界三大監督のひとりです。

ダニーボイル、北野たけし、タランティーノでございます。

強い暴力表現、汚ならしいシーン、ユーモア、彼らに共通するお約束は勿論いまだに続いておりまして、僕にとっては堪らないわけであります。

今回は、デカプリオとブラッド・ピットのゴリゴリ共演でございます。

おすぎさんなら発狂して批評できないんじゃないかと思われます、実際「ファイトクラブ」の時は、とにかくブラピの裸みて!しか書いてませんでしたからね文春でwww

観た感想を結果からお伝えします。

「やられた!」

です。

この一言に尽きます。
何がやられた!のか?
そもそもこの映画はタランティーノがつくるイケメン二人共演映画というだけで、上映前から話題がてんこ盛りな訳であります。ということはこんにちのネット社会では情報が漏れに漏れまくるのです。そういった漏れるであろう情報すらタランティーノに先読みされて、その情報自体を伏線とし回収するのではなく、その情報で誘導された観客の裏をつく作戦をしいてきた訳ですが、まんまと

「やられた!」のです。

タランティーノ慣れしていない観客があまりの暴力シーンに息もできないような状況で、僕は口に手をおさえ必死に笑いをこらえていました。

暴力とユーモアは紙一重であります。

実際にあった事件をモチーフに、彼はフィクションの中でフィクションという武器を使い、フィクションの力である人達に復讐を行ったのであります。

その様子がヤバすぎて途中から笑いに変化していきます。笑うしかないラストで、笑いながら「やられた!」であります。

レンタルビデオ屋でバイトしていた映画大好き青年は、映画を愛しすぎて後に映画監督になり、ヒットを量産する売れっ子監督に勿論タランティーノのことです。

この映画にはその映画愛がところせましと表現されていて、映画を愛する者、映画に携わる人間の苦悩と努力、そういった人達を攻撃してくる人間に「コロス」と宣言しているのです。

タランティーノ初心者にはあまりおすすめできませんが、どうしても気になる方は、まず「レザボアドッグス」「パルプフィクション」は最低おさえて観るとより楽しめると思います。

最高でした!以上!

2019年8月14日水曜日

「全裸監督」を観て

凄く期待して、まさに全裸待機状態からのネットフリックスから通知がきた時はイキそうになりました。

一気見です。はい。

ネットフリックスオリジナルドラマとなってますが、僕的には「映画」に見えました。いやこれは映画です。

伝説のAV 監督、村西とおるさんの人生を通して性とは何か、昭和から平成にかわる世の中を映し出す。

AV 監督って響きでみなさんのイメージはこんな感じじゃないですか?「どうせ変態がすぎてそんな仕事しかできなかったんだろ」

答えはノンノンノンでございます。

村西さんは多分何をやっても性交、いや成功された人物ではないでしょうか。

観て思ったのはゴリゴリのビジネスマンだということであります。

激動の昭和で、次に何がくるのかを瞬時に判断し、即にゅう、いや即行動にうつせる人物。ただ行動してるのではなく、そこに信念と哲学を持ってされていたのです。

この映画の良さを語る上で山田孝之ははずせません。あの山田孝之のぶくぶくに太らせたお腹を観てください。これだけでご飯たべれます。役づくり、演技、すべてパーフェクトであります。そしてそのパーフェクトな素材を生かす監督。この作品の監督ですよ、武さん。

素晴らしい。映像と音楽のチョイス、どのシーンをくりぬいて映えさそうか。

黒木香さんがはじめてAV の撮影に挑む直前の階段を上がってくるシーンのスローモーション。完全に痺れました。なんたる覚悟。現役女子大生が躾の厳しい母親に内緒でAV に出るのであります。悩みながらスタッフに促されてイヤイヤ出るのではありません。

確固たる信念と哲学を持ってAV に出たいと、そして階段をゆっくり上がってくるのです。この森田望智さんという女優さんはそうとうヤバイですよ、勿論いい意味で、このシーンを完璧に演じてましたからね。

内緒でこの現場に来ていること、現役女子大生であるということ、ワキ毛を剃ってないこと、いかがわしいビデオに出演するということ、それでもしたいと思う抑えられない衝動を完全に表現されてました。

あっ!スイッチ入ってると一目でわかるシーンでございます。

覚悟というものはそれはそれは強いものであります。弱い弱い人間に唯一与えられた強い強い武器であります。

他人からどう思われても構いません、開きなおってんじゃねえと思われようが、覚悟とはそんな浅い批判など相手にしませんよ。

「これで行く」と決めたら真っ直ぐであります。

なんだか近頃は変化球ばかりが先行して直球がどこに行ったのかわからなくなることばかり見えてきます。

しっかりとした直球があっての変化球ということをお忘れなく。

「全裸監督」そうとうヤバイ直球です。是非観てください!

2019年7月21日日曜日

宮迫さん亮くんの記者会見

ことの発端や、経緯は説明するまでもなく、いわゆる闇営業問題。新しいニュースもなく謹慎処分のタレントたちはダンマリをきめこんで1ヶ月近く寝かせたこの闇鍋がとんでもない料理となってネットやメディアに露出した。

あの記者会見御覧になりましたでしょうか?観てない方は今すぐ観てください。

正直ここまで凄い記者会見ははじめて観ました、なんなんですかこの事実は小説よりも奇な展開。怖さとやっぱり感、新たな心配と擁護したくなる気持ち。

泣きながら訴える二人のオッサンタレントは小さな男の子に見えました。

悪いことしてごめんなさいとただただ謝りたかったそれだけですと。

ネットを中心に叩かれ続けた二人の苦しみを開放したのもネット社会という皮肉が、この闇営業問題の闇の広範囲性や大企業の闇をここまで如実に表すとは思いもしませんでした。

みなさんもそれぞれ、多分こういう落ちや、こういう終着をで終わるんじゃという予想をされたと思うのですが、この記者会見を予想した人は誰もいないんじゃないですかね。

芸能史に残る大事件と言っても過言ではないでしょう。

私は記者会見をアベマTV でみていました。アベマでは観てる人のコメントも同時に読めるので視聴者の反応もリアルタイムで確認できるのです。

案の定、「みやさこ嘘臭い」や「宮迫の顔」のようなこの1ヶ月に渡るネット叩きの延長戦のようなコメントからスタートするも、吉本との経緯の説明からコメントは一変する。

「これ宮迫大丈夫か?」や「吉本最悪」のコメント。

それは絶対言ったらアカンやつを連続でコメントしている二人。叩くはずの芸能記者までが二人を擁護したくなるような壮絶な芸能事務所の巨大な闇。

間違いなく二人はまともな判断もできないほど追い詰められていたんだと思いましたし、そこを理由に吉本も二人の謝罪会見を拒んだり、Q &A を用意したんだと理解はできましたが、さすがに吉本ヤバイんじゃないかと思えてきました。

ここからみえてくるものは沢山あるのですが、元号も平成から令和になってネットを中心とした大情報化社会において、いくら巨大な芸能事務所、ジャニーズや吉本でもすべてをコントロールするのは不可能だと言うこと。

隠蔽なんてできるわけもないんすよ。

そんなことをしようとすれば今回の吉本のように最悪な暴露のされ方でおもてに現れる。

企業や会社というのは「人」の集まりです。その「人」というのは非常に弱くもろいもんなんす。だから集まってがんばるっす。今回のようなにトカゲの尻尾きりのような対応でいつまでも切り抜けられると思っていてはいけませんよ他たくさんの大企業さん。

今回の記者会見で多くの大企業経営者のかたの背筋がピーンと伸びたのはないでしょうか。

人は弱い。だから集まる。間違えもする。だから上の人がいるんでしょうが。

2019年3月16日土曜日

オヤジが亡くなって16年

16年という数字は数字として理解できるのですが、じゃあその中身はなんだ?と聞かれると返答に困る。

正直ただただ生きていたとしか言えない。

16年前に亡くなったのだから、それより前は生きていたのだ。当たり前だが。

オヤジが寝るとき必ず聞いていたラジオの音量。

キレると歯止めがきかず、ネコが朝ごはんを盗もうとテーブルの魚に手をだした際、大声をあげて蹴りあげるもネコにサッとかわされ、テーブルの角にスネを打ち付け、怒りに震えながらネコの首根っこをつかみ近所の草むらに投げ捨てた。因みにそのネコは2度とウチに帰ることはなかった。

ミッキーマウスが描かれた謎な魔法瓶に常に番茶がはいっていた。よく焼酎を番茶割りにして飲んで、番茶割りにすると次の日に酒が残らないんだと僕によく説明していた。因みにまだ酒が飲めない息子にだ。

姉が夏休みに友達と海水浴に行くと言ったがカナヅチの父が猛反対し、その友達の親が直接オヤジを説得に来るという場面に居合わせた事があった。オヤジを知るすべての人物ならその後の展開は簡単すぎてクイズにならない。当然、頑として譲ることはなくその凍りつくような空気を今でも思い出す。

オヤジが国鉄の機関士時代に持っていた黒いかばん。

ナゼか子供にラーメンをつくってあげたい状態がたびたびあった。子供がうまいかうまくないかよりなんせ自分がつくりたくて仕方のない感じ。

風呂から上がると裸でテレビの前で停止し、子供たちから「ちょっと見えない!」と言われると凄く喜んでいて、そのくちもとがロバートデニーロに似ていた。

一番上の姉の結婚式かなんだったか忘れたが、その会場で二番目の姉を「みっちゃん綺麗になったなあ」としきりにほめていた事。

いろんな細かい記憶の断片が今でも再生される。

それは一重に父と過ごした時間が楽しかったからに他ならない。

楽しいという感情や記憶はなかなか消えない、勿論、悲しいという感情も記憶もなかなか消えないだろうけど、死して尚残るのはやはり楽しかったという事実だと思うのだ。

死ぬと体は勿論いろいろと消えてしまうんだろうけど、消えないものがあるんだよと教えてくれているような気がする。

1日1日を楽しく。