2016年4月5日火曜日

アメリカ

芝生に倒れているホームレスの黒人が叫び声を上げると、白人の警官が警棒を片手に近づく。そこに一切の迷いはなかった。振り下ろされた警棒は黒人の顔面をとらえると連続して右腕、左腕、脚と殴り続けた。骨が折れたような音と男の叫び声が空にぬけると、後ろにいた仲間らしき男が警官に向かって何か叫んだ。

サンフランシコのユニオンスクウェアを歩く人達は何事もなかったように歩いている。まるでそれ以前とそれ以後に何かを変化させると悪魔に睨まれかねないとばかりにはじめから存在していないものとしてその場をやり過ごす。

慎重にかつ自然に歩くことを最も上手にこなさなければならなかったのは僕だった。何故ならその警官のすぐ隣を歩いている最中にそれが起こったのだ。

初めての海外旅行にアメリカを選び、一人でツアーに申し込んだ。さすがにガイドなしの一人旅をする勇気は僕にはなかった。初日のバスの車内は賑やかだった。女子大生3人組、老夫婦、新婚の夫婦、若いカップル、仲良し男子3人組、と僕ひとり。

「長い空の旅お疲れさまでした。本日皆様のガイドをさせて頂く加藤と申します、どうぞよろしくお願いいたします」

拍手がおこると、みな話しなど聞かずおしゃべりをはじめた。

「えー今日の行程はですね、ただホテルに向かうだけアハハ、簡単でしたね。まあ明日からいろいろなオプショナルツアーがありますのでその宣伝をさせて頂く前に、非常に重要なお話しをさせて頂きます。日本からくるお客様、大事な大事なお客様に万が一の事故などあってはならないので、いくつかの注意事項がございます。聞いていなかったでは済まされないケースもございますので皆様しっかり聞いて下さい。」と加藤は軽いジャブを入れた。しかしオデコに馬鹿と書いてある学生グループは一切おしゃべりをやめない。

僕はだんだん腹が立ってきた。僕は猛烈に聞きたいのだ。現地ガイドの注意事項ほど有効な護身はないのである。ガイドブックも擦りきれるほど読んだ、特に現地の治安に関してだ。

「ゴホン、ゴホン、えー大事な話しというのはここアメリカの治安、ここサンフランシコの治安についてです。近年アメリカの治安は良くなってきたと言われてますが、それは昔に比べての話しでありまして決して日本と比べてはいけません、先日もガイド仲間のお客様がホテルに戻られないので警察に連絡をしました。結局夜中に保護されたんですが、その時そのお客様真っ裸だったんす。まー服も靴も全て持ってかれますからねー」とわざとか慣れすぎてか当たり前のように言うと、さすがに会話するものはいなくなった。

「まず、地図を配りますから前から後ろに渡して下さい。はい、まわりましたか?サンフランシコは小さい街です、ですからこの地図を参考に歩いて頂ければまず大丈夫です。しかし皆さんが今日お泊まりになるホテルはユニオンスクウェアのすぐ近くです。ユニオンスクウェア自体はそれほど危なくないのですが、地図で言うとここですね、そのすぐ隣のブロック、ここには絶対に行かないで下さい。あと夜は基本的に出歩かないでください、もし何かあった場合の連絡先はここで、その下が私の携帯です。」

急にバスのスピードが遅くなると窓の外にはイエローの規制線が張られた銀行がみえた。加藤はつぶやくように

「あー銀行強盗ですねえ、まあ、よくありますからあ」とさしてエネルギーを使わずに言った。

「で、ホテルに向かう前に1ヶ所だけ危険区域に行きます。みなさんに見てもらうためだけなので勿論停止しません、通過するだけです。」と言うと加藤は英語でドライバーに指示をだした。せまい道が多く、路面電車や、坂道の街。慣れたドライバーがいとも簡単に小路にバスを入れた。

小さくて可愛い街という表の顔を持っているため裏の顔のインパクトは強烈だった。落書きが急に多くなりゴミもふえ、絵に書いたスラム街、ガラの悪い黒人ギャングが一斉に睨んでくると。さすがの学生グループは黙りこみ俯いていた。

ホテルにつく頃には皆顔が真っ青になっていて、僕は家族で行った札幌の滝を思い出した。

その日の夜、ホテルで落ち着くわけもなくガイドの言い付けを破り夜の街に散策にいくと映画のようなシーンに出くわしたというわけである。

ホテルに飛んで帰ってきた僕の心臓はまだ高鳴っていて、落ち着かせようとセッチャンにラインした。

あれから3年が経って僕は高校2年になりセッチャンはオーストラリアの大学に通っている。

何故オーストラリアにしなかったのかは自分でもよくわからない。ただの強がりと言えばそうだし、卒業してからきちんとワーホリのビザをとってセッチャンに会いに行くということで、少しでも強くなった自分、大人になった自分を見せたかったのかもしれない。

とにかく今はアメリカだ。そして初日にして強烈なアメリカを見せつけられたのである。

続く。

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