うぇーす。
少しハイな状態のワタケンです、いい映画を見た後、いい本を読んだ後はハイになる。
んでぜんぜん関係ないのだが、この前NHK で「相田みつを」さん特集みたいのをやっていて見てしまった。
知ってますよね?
にんげんだものの人です。
2chでもネタにされるほど若い人も知ってるはず(笑)
相田さんの人生を振り返りながら作品をみていく感じで番組は進むのだが、絶賛の嵐になんか違和感を感じたよ。
僕は相田さんの作品、普通に好きなんだけど、番組で振り返る相田さんの人生とその苦悩みたいのは感動するし凄い生き方されていたんだなあってなった。
けど紹介する人達はどこか変な感じ、無理矢理褒める言葉を探してはおっかなびっくり、そーと言葉を置いていく感じ。
相田さんが生きてたら「やめてくれ」って言ってたかもと勝手に想像した。
ぜんぜん好きそうに感じないんだよなあ、視聴者を意識しすぎて(相田ファンは多い)変なことを言わないよう言わないようにしてるんだ。
岡本太郎がそこにいたら怒ってたかもな(笑)
あれなら逆に「嫌い」って言う危ない系の批評家でも呼んどけよとも思ったね。
twitter にはそんな危ない系批評家ばかりwww
フォローさせてもらってるベルクの人だったかな?つぶやきで思いっきり
「相田みつをって好きになれない、なんかものわかりが良すぎてダメなんだ。社長室にわざとらしく置いてあるのか見たら、くそ人間になんてならねえよ!って思う」
と。
ワラタ。すげえいいよね。
勿論、相田さんは言葉の意味を伝えるというよりは、まず長いポエムを書いて、その中から気に入ったフレーズを書にしていた。
何回も何年も同じ文章を書き続けて自分の納得のいくまで書を極めていった人なんす。
だから世間が喜ぶ言葉の意味よりまだ深い部分にいた人だし、そんな世間の評価欲しさに書いていた人なんかではないのだが、(実際、お寺に通いお坊さんの説教を何年も続けている)
結果としてウケちゃった、いいか悪いかはしらない。
芸術家は1度作品にしたらもうそれは自分のものじゃなくなるんだ。
作品は一人で勝手に歩きまわる。
そしてその評価はまた産みの親に返ってくるというシステム。
何が言いたいかというと、「嫌い」って評価は芸術家にとって宝だということ。
ん?何言ってるかわからない?
好きって評価は誰だって嬉しいしいいんだけど嫌いって評価はさらにその上にくるものとして捉えたほうが楽だと思う。
作品をつくる側の解釈としてね。
「嫌い」って言われる為にはまず読んでもらわないと、もしくは見てもらわないと成立しないんだ。
そしてさらにその読者や視聴者の勘に触らないと成り立たない感情である。
勘に触るってのはその人の頭の中、躰の中に作品が入っていった証拠になる。
そして「嫌い」って判定がだされるのだ。
案外、好きってのは頭の中で流されて忘れちゃうこと多い。けど嫌いは中々忘れないんだよね。
みんな飲みに行って愚痴るでしょ嫌いな上司の話しとか(笑)
ぜんぜん頭から離れてない証拠だよ(笑)
結局、一番辛いのは興味ないってとこに落ち着くな。
これはほんとに辛いだろうね。かすりもしないパターン。
けどその辛い時期もジッと自分を模索し勉強し修行していく人がだんだんと評価されるようになり、売れていく課程で、この「嫌い」に出会ったら、多分凄く嬉しいんじゃないかな。
だから「嫌い」に出会ったらそれはもう充分、成功だと思います。
それはその人の頭に本気でぶつかった証拠、そして実はその人も無意識でわかっている筈の本当の事だと思いますよ、認めたくないから必死で「嫌い」って言っている。
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