2015年3月3日火曜日

電車の中で子供うるさいに対して


ども。

前にもアメブロで取り上げた内容ですが、何回も書いていこうかな。

子供が新幹線でうるさいみたいなことを松本(ダウンタウン)がツィートして半端ないバズリ方をしていたが、その辺の話しをしようと思う。

まず、整理すると、松本氏の影響力は説明する必要がないが、それに乗っかる形で「私もそう思う」とした連中の多さに焦る。

かなりの人が新幹線、もしくは電車内での子供がうるさいに対して怒りにも近い感情を持っていることがわかった。

その感情の矛先を直接子供に向けるのはあまりにも子供っぽい為、その子供の親に向けたりすることで松本は正当性を保つように「ワイドショー」で親に対する発言をしてる。

結論から言えばいずれにしても恥ずかしい。

しかも松本には子供がいる。

子供とは何か?

その辺の考えはないのだろうか?

この話題には子供とは何かというメインの核となる問題に、付随して、しつけとは?親とは?みたいな問題が乗っかっているのだが、メインの問題からしっかり考えていかないとならない。

一番のメインの部分がズレた状態での考え方は終始ズレ続けるからだ。

今の日本は子供がいらない社会になっているということ。

まあ、答えとして子供は減っている事実はわかりやすいエビデンスだ。

つまり、はやく大人になってはやく生産性の高い使える人間になって貰わないといけないんだなあ、資本主義では。

ハンディキャップを持つ方の問題も同様で、ハンディキャップ自体に問題があるわけではないが、資本主義におけるハンディキャップは健常者より生産性が劣るという偏見だけで今の社会が成り立ってしまっているのだ。

養老先生が言うように、子供は自然だととらえるとわかりやすい。

ようするに都会というのは人工で作られた世界なので、子供のような自然は非常に都合が悪いのだ。

この辺の深い考察なら養老先生の「逆さ眼鏡」を読むと実にわかりやすく書いてある。

私も同じように子供は自然だと思うし、なにより大人はみな昔子供だったという事実を忘れすぎてはいないのか?

子供のエネルギーははんぱないのだ。頭のいい、ものわかりのいい子供だけが子供ではないし、逆に僕から見れば不自然な子供に見えてしまう。

カナダのバスや電車の中はうるさいし、子供は騒ぐし、車椅子の人の数もはんぱない。そのうち子供は車椅子で遊びだすしまつだが、誰も怒る人なんていなかったね。むしろみんな微笑んでいたよ。

どっちが自然だと思いますかね?

車椅子が必要な人の数はたいした変わらないはずなのに、見たことありますか?何人も何人も電車やバスに車椅子入ってくるの?

なんででしょうね?

環境が整っているし、下らない偏見がないからみんな自由に生きてるからなんす。

子供は電車で騒ぐもの、ハンディキャップ自体に問題があるわけではなく、それら自然にあるものを排除したい認めたくない人達の多さに今の日本の住みづらさがあると私は思う。

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