2015年2月12日木曜日

自由ってなんぞ

生きていればいろいろあるし辛い。悩みや不安は常につきまとうし自分の影のように離れないものだ。

自由な社会とか平和な世界とか戦後ずっと言われ続けてきたものは一体なんなのかわからなくなる時もある。

僕のブログで「空港」からはじめているシリーズは僕の18才の時の放浪記で、なんか知らないが書いておこうと思ってはじめた。まだカナダで生活2ヶ月目ぐらいなのでまだまだ続きまふ。ヨロシコ。いきなり苦労話しみたいな内容にうつるかもしれませんが、当人は至って幸せでしたし楽しかったです。

何故かってそうせざるを得ない状況と言うのは外から見るより意外とシンプルで大して悩みなどないからなんす。これもできるしあれもできるって自由ってどうしていいか分からない人にとっては辛いと思うから。

しかも今の世の中じゃその選択の結果において勝ち組とか負け組なんてシールまで貼られるしまつ。そりゃ辛いよね。僕は戦後の焼け野はらとか体験したことがないから、教科書やテレビの映像でしかわからないけど。精神的に参っているのは現代社会の人達のほうが多いのではないかなと勝手に思ってしまう。みんな貧乏や無いって状態と今の世の中みたいに物で溢れている状態とでは貧乏の意味が変わってくると思うから。

みんな横並びで金がなくて当たり前の世界って誤解されるかもしれないが、ある意味シワアセな時間のように感じてしまう。でも今の世の中の貧乏は相対的に見えてしまう貧乏でたんに無いってことだけじゃなく社会的にも落とされちゃう感じがあるのだ。セカンドレイプみたいに。

我々は苦労して人権とお金と自由をてにいれた君たちは日本の未来だ大いに頑張りたまえと言われても、その自由って辛いんじゃないかなあって思うのであります。現に多少は減ったとは言えまだ1年で2万5千人ぐらいの人が自殺している自殺大国日本。

単純に弱い人とか強くなりなさいとかの話しではないと考えます。前にビートたけしがラジオで語るシーンをblogにアップしましたが、たけしが言う「生きる意味がわからないんだよな」って言葉は凄く深い。何も自殺を許容するわけではなく自殺をする人の気持ちはわからないでもないところを死ぬということをじゃあ生きるって何よ?って視点から捉えた言葉だと思います。
この後、たけしは「痛点」が唯一の歯止めになっている気がするんだと語りは続くのですが、肉体的痛点をこえる精神的な病みとはこれいかに、そうとうな病みが今の社会に蔓延しているのだろうと感じるのであります。

たけしの映画にこの「痛点」をよく表現されているシーンが出てくる。観ていて痛いのだ。たけしは暴力シーンは痛くないと意味がないと言っている。痛くない暴力シーンほど悪はないと。

ヤバイ映画の話しはまた別の記事として書きます(笑)

自由って範囲が広くてなんかいい言葉に思えるのですが、それが全部いい結果を生むということではないですよね。例えば若い人が良く口にする「好きなことを仕事にする」や「結婚相手は自分で決める」的な考えに全否定まではしませんが、その選択の結果にあるのは自由の先にある幸せな生活が無条件で待っているわけではないですし。

だから仕方がないってことでなにかが決まったり仕方がないって決まってしまった事でも全部ダメにはならないと思うのでありまする。

養老先生が言っていた好きな言葉

「やらなきゃならないことは好きになりなさい

これホントにそう思います。自由な選択よりその後にくるいろんな問題をこの言葉はかなり解決してくれると思うんだなあ。自由がある人から自由のない人を見るとなんだか気の毒になったり勝手に可愛そうな感じになりやすいのですが、決してそんな事はないでしょうね。いまだに結婚相手を親が決める宗教があったり昔は日本でもお見合い結婚なんかありましたね。ゲゲゲの女房もお見合いです。ドラマみたかたなら二人が幸せだったことは理解できるでしょ。自由恋愛で結婚相手を自分が決める世の中になってさて、どうでしょう?経済的な理由やいろいろ他にも問題はあるのだろうけど、ゲゲゲの女房からみたら今の若い人たちが気の毒にうつるかもしれない。

自由というのは一見よく見えてしまうが不自由の中にも素敵なことは沢山眠っているように見えます。やらなきゃならないことを好きになるとその不自由も味わって楽しめるものですよ。

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