2015年3月29日日曜日

資本主義は不平等?

うぇーす。今日も昼からビール片手に高校野球を見ているワタケンです。最高(笑)

ピケティの本「21世紀の資本論」が世界中で売れた。約6000円たけえ(笑)

誰が買うかボケと思いながらyou tube でピケティの動画を貪るように見ちゃった(笑)だってただだもーん。

タダとか最高!

内容もかなり面白かったよ、暇な人はみたらいい。

さして難しいことは言っていないよ凄く簡単にわかりやすく説明してたし。

世界中の税収を調べてグラフにしたんだ。そこから見えてきた資本主義の実態がみんながわあわあ騒ぐには持ってこいの素材になっちゃっている。

皮肉なことに格差が一番少なくなったのは2度の世界大戦だった。価値あるものがすべて破壊されお金も紙切れになる世界だからね。

その後格差はどんどん拡がっている模様。

昔聴いた落語の枕で「金は天下のまわりものといいますが、どうもこのお金というのは寂しがり屋さんだそうで、仲間が少ないと仲間が沢山いるところにどんどん逃げていっちゃうそうです。したがってお金を貯めるにはある程度お金がないといけないというわけのわからないことになっているのです。」

これまさにピケティなんだが(笑)

しかし事実ですな。当然生まれながらの環境は左右するわけで、金があればあるだけ有利に進めれるのは間違いない。

しかし平等か不平等というのはどうだろうか?

この言葉の意味が広すぎて捉えられない感じもするが、無理矢理考えてみるとなかなか面白い。

僕が勝手に思っている結論は「世の中は究極的に平等ではないか?」というものだ。

こういうと「いや世の中は不平等だ!」と言ってくる人は沢山いるだろうね。

僕がいいたいのはお金が全てではないという価値観は大事だなと思うのだ。世界は広いのに勝手に狭くしてはいけない。

勿論お金は重要なツールである今の世の中の仕組みはわかっているし、この状態はしばらくは続くだろうね。

アホな人達が「勝ち組、負け組」なんて言葉を作って勝手に喜んでいるが、本当にアホだなと(笑)

資本主義に生まれても別にお金に支配される必要はないだろと。

これまた、落語なんだが、こんな話し、あるところに物凄い生臭坊主がいてその和尚は金のことしか頭にない、和尚はせっせと貯めた小判を眺めている。

和尚は病気で後が短い、死期が迫っているのだ。その和尚、誰にもこの小判を取られたくないという思いが強く、眺めていた小判を全部食べちゃう。全部食べ終えた和尚は安心した顔をしてバタっと死んでしまうのです。

話はまだ続くのだが、墓場まで金はもっていけないんだよな。本当にね。

凄い遺産を残して死んだら格好いい?

俺はそうは思わないよ。だって無駄に遺産なんか残したら遺族がこの和尚みたいになるだろ(笑)急に本性表して嫌らしい人間たちの醜い争いを生むんだろうね。

落語ではこの和尚が死ぬところを襖からみていた人が和尚の死体を焼いて小判を全部もらっちゃうんだ。その小判ではじめた饅頭屋がエライ繁盛したみたいな話しだったような。

人間の嫌らしい本性を滑稽に表してる凄く好きな話し。

僕は昔から貧乏神に好かれているせいか、いつも金がない(笑)けどそんな生活でも楽しみや面白いことは積極的に見つけては実践している。

こんな生活はもう嫌だって思うか、面白いって感じて生きるかは自分自身で簡単にコントロールできるのだ。

コンプレックスについて書いたブログが意外に読まれた→ラマンチャ男子、ラマンチャ女子 http://wataken222.blogspot.com/2015/03/blog-post_22.html

なんだかよくわからない話しでまとまっていないが、ようは本当の自由というのは社会やシステムから与えられる物ではなく自分で簡単に感じることができるということ。その人が望めばね。

なんでもなんかのせいに出来ちゃうから簡単に社会が悪い、政府が悪いって思いがちだけど、最終的に自分のせいと考えると府に落ちることが多い。

資本主義にはいろんな側面はあるだろう、格差もあるだろうね。その格差に捕らわれるより自由に考えて自由に生きてはいかがでしょう。

チャンスは意外にいつでもどこでもあると思いますよ、その人が望めばね。

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