少しだけ考えを深くすると、世の中には変わるものと変わらないものに分けれるような気がするのだけど、さらにもう少しだけ考えを深くすると、実は変わらないものはないのだと気づく。
変化のスピードに早い遅いはあるのだが、それはスピードの違いだけであってやはり変わらないものは無いのだ。
僕たちの体も、人類の歴史も、地球も生物も、無機物も有機物も時間と共に変化する。
長い時間をかけて変化するものに現代の人は少しだけ無頓着になっているのかもしれない。ともすれば変化などしないと勘違いをしているのかもしれない。
いろいろなニュースをみて、世界は目まぐるしく変化しているというのに、そのニュースは自分には一切関係ないのだと勘違いをしてしまう。
世界は混沌でできているにもかかわらず、そこに固定的な何かがあるのだとなんとなく思う気持ちは仕方のない感情なのかもしれないが、やはり変化しないものは無いのだ。
すべては変化する。
からの水瓶に1滴でも水がしたたれば、いずれその水瓶は水でいっぱいになり、
やがて溢れる。当たり前のこの理(ことわり)は簡単なようでなかなか理解しがたい。
目に見えるものならまだ分かりやすいが、目に見えないものもこの理でなりたっているのだとしたら、どうだろうか?
今まさに不幸のまっただ中にいる人も今まさに絶好調の人も、いずれ変化すると思うのか、このままずっといくと思うかではかなり違って世界が見えてくるのではないだろうか?
世の中は自分が手をくださずとも勝手に変化するものが沢山あって、むしろ自分なんて小さな存在が何か大きな変化を生むなんてことは少ないだろう。
頑張り屋さんはなかなか変化しない現状にイライラし、どうせ何にも変わりやしないとあきらめている人は、いつの間にか変化している世の中に気がつかない。
振り返れば紆余曲折、ぐねぐねと回り道をまわって歩んできているにもかかわらず、固定的な何かに囚われてはいないだろうか?
急激に変化するものは、また、急激に落ち着いたりして、じっくり変化するものは、また、じっくりと変化する。
愛読書である「ブッタの教え1日1話」に
こう書かれている。
"あせって悩む世の中で、落ち着きを保って楽しく生きよう。あせって悩む人々の中で、落ち着いた人間として生きてゆこう。"
まずは変化しないものはないと認めるとすごく楽になる。そして変化しないものはないと認めるとすごく落ち着くのだ。